知っていた。

いつだって、教えてくれた。

私を、優しく見守ってくれたから。


11.A gentleman(1)


 テストが終わり、苦しみの期間が終わる。三年はこれからが本番というか、まぁ受験勉強に予備校通いが待ち受けてる訳で。来年を考えるとゾッとするけど、今年の私はまだ二年!!
 夏だ!!海だ!!花火だ!!祭りだ!!旅行だ!!バイトだ!!出会いだ!!
 そして、夏と言えば恋の季節!!好きな子と距離を縮めたり、色んな子と出会って交流を深めたり、もちろん恋人と色んなところでデートしたり。
 それが一気に楽しめる、そう、我らが味方・夏休みの参上だッ!!


「なのに何で毎日部活なのぉーーっ!?」
「柳、暑苦しい。叫ぶな」

 ぱたぱた、隣の椅子に座ってTシャツを揺らして風を送り込む山元をじっと睨む。ただ今、部活が終わってシューティングを終えた山元とぐだぐだ世間話中です。……そりゃあね、みんな部員の方が暑いのは分かってるしさ、もう夏休み始まって一週間も経ったしさ、去年もやったからちょっとは慣れたよ?
 それでも、暑いものは暑いんですよッ!!なんでこの体育館、夏は蒸し風呂のようなんですかッ!!(冬は風通し良くて寒いくせにッ!!)
 
何となく暇で、じーっと山元の横顔を眺める。彼は大きく息を吐くと、視線を斜め下に落とした。汗が少しだけ、頬を伝う。長い睫が、陰を作った。
 ううう。認めたくない、けど。こうやって見ると、山元、やっぱり……。
 私の視線に気付いたのか、山元は私を見ると、しばらくぼーっとした後、にやりと笑った。
「……見惚れたか?」
「っ!?」

 馬鹿じゃないのかっ!!このナルシストがっ!!――と叫べればいいのに、事実そうなんだから、思わず言葉に詰まってしまう。そんな私を見て、山元は一瞬目を瞬かせた後、呆然としたように口を開いた。
「……柳が?俺に?」
「ち、違いますっ。言葉のあやって言うか反応間違ったって言うかっ!!」
「……ふーん」

 だけど段々、顔を綻ばせて尋ねた山元に大きく首を振って否定すると、彼はつまらなさそうに眉を寄せた。……何だかなぁ。普段はすごく意地悪なくせに、こういう時鈍いというか調子に乗らないというか。まぁ、そんなところは可愛いと思う。言ったら怒られちゃいそうだけど。
 ほんの少し、苦笑しても山元は気付く様子もなく、不機嫌そうに前を見つめただけだった。どうやって機嫌を取ろうかなーなんて考えるのも、山元相手だと意外に楽しい、と最近気付いた。

「そういえば、赤点。なかったの?」
「あ?お前、俺馬鹿にしてんのかよ」
「いーえ。ただ去年の数学があまりに衝撃的すぎて?」
「っ、あ、あれは数学だけだよっ!!俺は他の教科は普通にいいっつの!!」
「へぇ?山元先輩、数学苦手なんですか?」
「っ!?」

 後ろから、クスクス、笑い声と一緒に飛び込んだ言葉に二人して振り返った。それを見て声の持ち主――咲ちゃんは、「同じ顔してる」なんて可愛く微笑んで、目を細めた。……ああ!!
 夏休みに入ってすぐ、咲ちゃんはその緩やかな巻き毛をばっさりと切って、ショートッカットにした。

「中学の時と変わらないんですけど、」
 
そう言って揺れる短い髪もまた綺麗で、美人はとにかく何でも似合う、と実感。未だ笑い続ける咲ちゃんに山元は拗ねたような表情をすると、腕を伸ばしてその頭を小さく叩いた。
笑いすぎだろ、渡辺」
「だって、完璧な山元先輩にも弱点あるんだなぁ、って。これで二つ目、ですかね?」
「……お前、性格悪くなったな」
「先輩がからかいやすくなっただけですよ」

 ニッコリ笑いながら山元をやりこめる咲ちゃん。うう……っ。私が対山元スキルがいまいち上がらない中、他のマネはすごく上がってるぅ!!考えてみれば、咲ちゃんにしろ美祢先輩にしろ、付き合いは私より全然長いわけだから当然なんだけど。
 ――
なんでだろうね。突然起こる胸の痛みに何となく、俯いてしまった。 山元と話してる咲ちゃんはやっぱり可愛くて、私よりずっとずっと、お似合いなんだ。それこそ、その隣にいるのが当然、みたいに。咲ちゃん自身は、私と山元が付き合った方がいい、みたいに言ってたけど。実際問題、他人から見ればこの二人が一緒にいる方が自然ていうか、〜〜〜ああっ、もうムシャクシャする!!
 楽しそうに言い争う二人を見てると、胸の中で揺れてるグラグラとかモヤモヤが、大きくなる。気のせいか、視界が、揺れてきた。……
そんなに嫌なの?咲ちゃんと山元が一緒に、いるの。 そんなのおかしいじゃない。
まるで私が、山元のこと――……。

「っ、……」
「!?瑞希先輩!?」

 大きく、自分の身体が揺れるのを、感じた。視界が真っ暗に、なる。勢いがついた身体はそのまま、倒れようとする。 ……直前、大きな、熱い掌に、肩を支えられた。
っ、柳……!?」
 
焦りを感じる、低い声が耳元にぶつかったと同時に、私は意識を手放した

  

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