声をかける先輩に、お前はただ首を振って。

顔を上げ、今にも泣き出しそうに笑っていた。


1.告白


 卒業式が終わり、学校はどこか慌ただしい雰囲気からひっそりと静けさを増した。誰もいない教室、窓際の席で向かい合って座る俺と柳。窓の外で舞い散る桜の花びらを見つめながら、小さくため息を吐いた。
「うえっ、ぐ、ふ、うえ、」
「……」
 ――正直、泣き声が全く可愛くない。女の涙に弱いという男の気持ちが、いまいち分からない。首を傾げつつ横目で様子を確認すると、タオルから顔を上げた柳と目が合った。潤んだ瞳に真っ赤な鼻、ひどい顔。花粉症だと言って通じるかは微妙なラインだ。だけど、今日はどこの部活も休みだし、卒業式から二時間は経っている。まず誰も教室には入って来ないだろう。苦笑して机に頬杖をつき、その視線を受けとめる。柳は顔を歪めて、喉から声を絞り出すように小さく呟いた。

「……いや、うん、分かってたんだよ?彼女いるしさ、今年もう大学に行っちゃうような人だから仕方ないって」
「だったら泣くなよ」
「っ……でも……でも好きなんだってばー!!」

 叫びながら、また顔をタオルに埋める。ずる、と鼻をすする音まで聞こえてきて苦笑は深くなる。
俺のこと、完全に男扱いしてないなこの野郎。 可愛く取り繕う気もないだろう、その体に頭が痛くなる。今までの女とあまりに違う反応に、俺は何も言えない。それほど、ふられたショックが大きいのかと思えば、……それはそれで腹も立つ。

 今日、こいつはずっと前から好きだった三年の先輩に告白し、見事ふられた。ちなみに俺はその現場にいた。ちょっと離れた場所で、ボケーッとそれを見てた。……いや違う、覗き見とは断じて違う。頼まれたのだ。『怖いから、山元はここにいて』と、こいつに。何故頼まれたかっていうには、簡単な理由がある。

 こいつ、柳瑞希は男子バスケ部マネージャーで、俺は部員なのだ。しかも同じクラス。小さな学校生活、この女とは朝から放課後までずっと一緒だ。
 ちなみにこいつが好きな先輩も部員だったりする。気さくで話上手で、彼女がいない時が無いような人だ。そんな相手に、彼氏がいたこともない柳が挑んでも結果は見えていた。だから逆に、キッパリふった先輩は優しいのだと思う。
決して柳が自分に気持ちを残さないように、別の誰かを見れるように。 大切にされてるんだろう。後輩としてだと思うけど。

 黙ってティッシュを差し出すと、柳は「ありがと」と言いながら受け取り、鼻をかんだ。
こいつは、可愛くない訳じゃない。長い黒髪、白い肌、小さな身体にころころ変わる表情。客観的に見れば、そこまで悪い条件がある奴でも無いんだが。鼻水やら涙やらが混ざった本物のグチャグチャ泣き顔で、柳はポツリと言った。
「うう……どっかに先輩二号いないかな……」
 ――ただ、極端にボケが激しいところは確実に欠点だな。
 溜め息を吐きつつ、柳を見る。先程のふざけた発言とは正反対に、真面目な、落ち込んだ顔をしている。掠れた声を、ゆっくり搾り出した。
「……ホントにね、好きだったんだぁ」
「ん」
「メールとか……嬉しくて、先輩のプレイ大好きで、ずっと見てたいくらい、格好いいなって……」
「……」
「分かってたのに、諦め……つかないよ」
 苦しげに言葉を吐き出す彼女は小さく見えた。こいつは恋に関しては人一倍不器用で、泣き虫で、どこか意地っ張りで。根っからの恋愛下手なんだろうと思う。……それは多分、俺もだけど。また瞳に涙を浮かべる柳の指に、俺の指を絡める。驚いたように顔を上げるので苦笑を返し、そのまま言った。

「――俺にしとけば?先輩のこと、忘れさせてやるよ」

 驚いた表情のまま固まった柳の眼前でヒラヒラ手を振ってみる。
「おい、聞いてるか?」
「っ!!え、え、ちょ、じょじょじょ、冗談だよね!?」
 ハッと気付き、真っ赤になって大声で叫ぶ。冗談?馬鹿か、こいつは。「やだなぁ本気にしちゃうよ」とかのたまう柳が手を外そうとしたが、力を込めて逆に握りこむ。その大きく開いた目を見て、ハッキリ言ってやった。

「俺お前のこと好きなんだけど」
「……はぁ?」

 間抜け顔を更に間抜けにして、間抜けな声出して動けない柳。想像してた通りの反応に、思わず笑いが零れてしまう。そのまま、音を立てて椅子から立ち上がり、机の横のバッグを取る。金魚みたいに真っ赤になって口をパクパク開閉してた柳。その音に我に帰ったのだろう、目を見開き俺に向いた。だけど、それをシカトしてドアの方に歩いてく。……どうせ言われる言葉なんて分かりきってるし。
 だけど背後でガツンと激しい物音が聞えて振り返ると、柳が机に足を引っ掛けて転んでいた。椅子も倒れてるから確実に転んだんだろうな……。 何も言えなくて困っていると、柳は起き上がり本気で泣いていた。制服は埃だらけ、スカートは皺だらけ、Yシャツは涙の染みだらけ。……俺も大概女の趣味悪くなったな、とか一人心の中で頷いてると、柳は俺の制服の裾を掴み、恐る恐る視線を合わせた。
「わ、私、あのっ、先輩がっ、いやあのふられたんだけどあのっ」
「却下」
「……はいぃ?」
「だから却下。俺にしとけって言ってるだろ」

 やっぱり断りの返事を持ち出す柳の言葉を途中で遮る。困ったようにほろほろと涙を流す柳に、胸が締め付けられたような想いがして、眉をひそめた。

 何で、俺がこんなガキみたいな女に一喜一憂しなきゃならないんだ。
不公平だ。 どう考えてもおかしい。 だったらお前も、俺に振り回されればいいんだ。 俺のことばっか考えて、俺の仕草にいちいち反応して、それで、――俺を、好きになればいい。

 自分の中で結論を出し、とびきりの笑みを浮かべてやると、柳は絶句して俯いた。その髪を掴み、顔を上げたとこで、耳元に囁いた。
「俺を好きになるまでずっと待つから。だから、それ以外の返事は禁止」
 ついでに、触り心地のいい髪の毛先に唇を落とす。呆然としてた柳は突然頭を押さえ、俺から数歩距離を置いたところで……腰が抜けてしゃがみこんだ。それに笑いを噛み殺しながら「じゃあな」と手を振る。
顔が赤いままの柳がハッとして立とうとしたがそれを放ってドアを閉めた。歩き出し、しばらくして柳の叫びが聞こえる。
「絶対、ずぇーったい、山元なんか好きになんないよ馬鹿ーッ!!」
 その叫びに思わず笑いが零れた。




秘めた気持ちは、もう終わり。これからは遠慮なしに奪っていく。さぁ、いつまでお前は俺から逃げる?


何処まで行っても、逃がすつもりなんてないけど、な。

  

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