オトコノコの秘密、知りたい?


閑話*部室大戦争!?

「掃除、しようぜっ!!」
 ――その一言が、全ての始まりでした。

 八月も半ばを過ぎ、部活が終わったある日、部員の一人が部室に関して文句を言った。なんでも、ゴミが溜まってるとか足の踏み場が無いだとか。マネージャーは部員と同じ部室は使わないから、あんまりそっちの状況は分からなかったんだけど、すごく深刻そうな表情で言われたので、これはヤバいのかなーと思い。山元にも相談した結果、じゃあ掃除は明日みんなでやろう、という結論に落ち着いた。咲ちゃんと一緒に、マネ用の部室へ進む。部室に着くと、咲ちゃんは「でも、」と口を開いた。
「そんなにひどいんですかね?確かに最近ゴミ捨てはしてないですけど。毎年この時期は溜まったりするんですか?」
「うーん、でも今年は合宿無かったしね。学校にいる日が、確かに多かったかも」
 そう。毎年、夏に行われる伊豆での合宿は今年は先生の都合が合わずに断念したのだ。だからこれも自然なことなのかなー、とも思うけど。
「特に今年は、他校での練習試合よりうちの学校のが多かった気するしねー」
「へぇ」
 
身振り手振りで説明すると、軽く頷いた咲ちゃんが苦笑して。「でも、それじゃ相当汚いでしょうね」って言った。……ご最もです。

 翌日。部活が終わり、喜々として部室に連れて来られた。久々に見た部室に、私達マネ二人が呟いた言葉は、ただ一言。
「「……うわぁ」」
 ……
呆れと驚きと絶望が混ざった、その言葉だけだった。
 ドアのところにいるのに、ツーンと漂うにおい。それは決して、いいものじゃない。ていうか臭い!!臭いって!!鼻を摘みながら室内を見渡すと、どんよりとお昼なのに暗く湿っぽい部屋。どうやら電球まで切れてるらしい。床が見えない程、ティッシュやらペットボトルやら、そこら中にゴミが散乱し。多分、奥のハエがたかってるところには生ゴミがあると思われる。椅子や机の上には所狭しと使用済みの練習着にバッシュ。……ていうかカビ生えてない?いや、生えてるよね。

 
――学校から与えられた十畳近くの男バスの部室は、完全なる『腐海』とかしていた。

 隣で絶句している咲ちゃんを見て、
今にも泣きそうに、げんなりしている後輩を見て、 ニコニコ笑っている梶山を見て、…… とりあえず最後の一名の頭を、殴ることを決意した。
 
気の済むまで梶山を殴り飛ばし、(「俺何した!?」と数度叫ばれた)しばらく経ってから。何とか気を取り直し、マスクと手袋を装着して、腐海へと足を踏み入れた。今は、中にあったゴミをひたすら外に運び出す作業を続けてる。重たいため息を吐きながら咲ちゃんにはゴミ袋を持ってくるよう頼み、後輩にはシューティングが終わった人から連れて来るよう頼んで。梶山と二人きりになったところで、口を開き、質問した。
「大体ねぇ?何をどうしたらこんなことになるのよ?」
「いや、俺らだって綺麗に使おうと思ってたんだけどな?本当に、何でだろうな?」
 
奴はただ、本気で不思議そうに首をひねっていた。……やばい、また殴りたくなってきた。何とか唇をかみしめることでそれを耐えて、もう一度作業に没頭しようとガンガン痛む頭を押さえる。普通に綺麗に使おうと思ったらカビなんか生えないでしょ!!叫びたい衝動をこらえ、再び口を開く。
「ていうか、着替えとかはどうしてたの?これじゃ無理でしょ?」
 
梶山を見ると、うん、と小さく頷いて。
「仲いい奴のいる部室とかー、外で着替えてたー」
 そうなる前に掃除しなさいあんた達っ!!迷惑すぎだろう!!今度ゆっくり謝りに行こう、と思って明らかに見た目からして問題ありすぎだろう、という荷物をあらかた外へ運んだ。と同時に、部員のほとんどがやって来る。こちらを見て、慌てて替わってくれる一年生。
「や、柳先輩、梶山先輩、す、すみませんっ」
「替わりますっ」
 ……ありがとう、君達のその言葉に救われた。苦笑して、手で押しとどめる。
「こっちは私と二年がしちゃうから、一年は中を掃いちゃってくれる?あと雑巾もかけて」
「えー!?替わってくれるんだったらやらせときゃいいじゃんかーっ」
 
この馬鹿!!空気を読め空気をっ。睨みつけると、「な、なんだよ、」なんてどもりながら後ずさる梶山。ムッとして唇を尖らせた。
「汚したのは全員でしょ?一年にばっかり甘えてどうするの?」
「……むぅ」
「ほら、やっちゃうよ二年、とりあえず生ゴミは分別して、」
 
声を張り上げ指示していくと、渋々ながらみんな動いてくれる。全く。やれば早いんだから、最初からやりなさいよね?苦笑しながら、部室の窓を開け、空気を入れ換える。部室内にあった大抵のものはもう外に出して分別中だし、とりあえずしばらく大丈夫か、と思ってみんなの様子を眺めながら動いた。
 青竹くんは一年の中でも率先して動いてくれてる。……そうだよね、如何にも綺麗好きっぽいもんね。一年ながらスタメンなのに、彼はそれを鼻にかける様子はない。むしろ、一度プレイを褒めたら「まだまだ、ですよ。兄貴には劣ります」って苦笑する。それを聞いて、無理に青竹先輩と比べる必要ないんだけどなぁ、とは思った。やっぱり個々にいいプレイっていうのはあるし、青竹くんと先輩だとそれは全然違う。だから比べられないし、人によって好き嫌いはあるかもしれないけど、私は青竹くんのプレイも十分に好きだ。
 ふと、先輩たちの引退の前、青竹くんが話していたことを思い出した。……あの時彼は悲しそうに、言っていた。自分は先輩の真似しかできない、って。だけどむしろ、そうやって先輩を意識しすぎちゃうから真似に思えちゃうんじゃないかな?少なくとも私は、青竹くんと先輩を、今は同一視してない――ていうか、できないんだけどな。彼には彼なりの良いところがある。なのにそれを否定して、青竹先輩と自分を比べているような、そんな彼が少し、哀しく思えた。
 ……でも、そういうところは私が首突っ込んじゃ駄目だよね。きっと彼は彼なりの、苦しさとか悔しさとか、たくさんのそういうものが積み重なって、そう思ってしまったんだろう。私には私で考えるべきことが、ある訳なんだし。そう考えて、少しため息を吐いた。イヤだなぁ。何もできないで、ウジウジ考えてしまう、自分が。
 偽善、なのかもしれない。彼の求める気持ちに応えられていないくせに、勝手に別の気持ちを押しつけている。山元あたりには、ひどく怒られそうで……。
「柳先輩?」
「っ、ゎ、はわっ!?」
 
不意に、思考を遮る影。突然かけられた声に驚いて、仰け反ってしまった。体勢が崩れかけた私の二の腕を掴む、外見に似合わず大きな掌。一瞬固まるものの、視線を上げれば、それはやっぱり青竹くんだった。心配そうな大きな瞳に、慌てて体勢を直す。
「大丈夫ですか?熱射病とかじゃ、無いですよね?」
「ち、ちがっ、ご、めん、違うの。ちょっと考え事してたから、それでぼーっとしちゃって。だから、大丈夫」
 笑ってみせると、安心したように息を吐いて、ゆるりと微笑んでくれた。
 ……し、しまった。なんだか妙に恥ずかしい。
 男バスのマネージャーなんかやってると、どうにもこうにも扱いが女の子って感じじゃないので。まぁそれには私の性格もかなり影響してるんだろうけど、だからこそ、青竹くんのこの対応にはいつも恥ずかしい思いをさせられる。自分がまともな女子みたいで(いやまともな女子だけど!!)、恥ずかしくて仕方ない。悪い気は、しないんだけども!!
 ふと掴まれたままの二の腕を見て、ちらりと青竹くんを見る。小首を傾げた彼は、とても穏やかで、意識なんかしてないみたいで。いちいち過敏に反応する私が変なのかもしれないけど、青竹くん相手だと、どうにも調子が狂っちゃうんだ。
ほんの少し俯きながら、「……手、いいかな、」と呟いた。だってこんな贅肉揺れる、ぷにぷにの二の腕触られるのなんか恥だし!!これでもし青竹くんが、あ、肉あるなーとか思ってたら恥ずかし過ぎるし!!ある種万感の思いを込めて言った言葉に、青竹くんは一瞬、動きを止めた。
「……気付いちゃったか」
「?今、なんて、」
「先輩。これって何ゴミですかね?」
 
その直後、ぼそりと低く呟かれた言葉が聞こえなくて、顔を上げて尋ねようとすると、被せるように降る言葉。綺麗な微笑みに騙されたような気になりながら、素直に言葉を返した。

「お、終わったぁ〜っ……!!」
 ため息とともに宙を舞う雑巾数枚。あれから一時間近くかけて、何とか床も見えるようになり、ゴミ箱がちゃんと存在し、異臭のしない普通の部室になった。二年生に口うるさくこれからはちゃんと片付けるように注意して、今日の仕事は終わりだ、と一息吐く。順番に部室を見つめて感動している部員を横目に見ながら、私はゴミを咲ちゃんとまとめる作業をしていた。危ない生ゴミやその他諸々は、すでに顧問とゴミ置き場に持って行ってあるため、今ここにあるのは可燃ゴミや資源ゴミだけ。いくつかになったゴミ袋の中身を分別して、違う種類のものは分ける、という作業を繰り返していた。
「しっかし、部活後にこれって……予想以上に疲れたね……」
「……そうですね」
 
いつも何か冗談を言ってくれる咲ちゃんだけど、今日はひどく疲れているみたい。その顔にはうっすらと疲労の痕が色付いている。心の中でこっそりと手を合わせながら、私も作業に集中しようと手を伸ばした瞬間。
「?」
 
――視界の端に写る、大きな段ボール箱。不思議に思って首を傾げ、それを覗き込む。表には汚い字で『危険!!開封禁止!!』とマジックで書かれていた。
 ……なんだろう?
 ゴミだったら捨てられたはずだし、むしろ今までずっとやってきて、この箱は見ていない。割と大きめなそれは、持ち上げてみるとそんなに重みはなかった。大きいものでは、ない?なんだろう。いらないバッシュとかかなぁ。または先輩から受け継がれた練習着?でもそれだったら、表にこんなこと書いたりしないよね。首を捻りつつ、ガムテープを剥がそうと手を伸ばす。大分古くなっているらしいそれは、素直に剥がれてくれた。
 そしてその瞬間、周り一面に広がる叫び声。不思議に思って首を傾げると、みんな青い顔してこちらを見ている。
……何かしたっけか。嫌、さっきまでは普通だったじゃない?そんないきなり態度が変わるもんか?と思いながら、段ボールの蓋を私が開けて中身を見るのと、

「っ止めろ、柳ー!!」

 ――
梶山が私に必死の叫びをしたのは、ほぼ同時だった。
 中の雑誌の一冊を取り出し、そのまま固まった私を見て、梶山や他の部員はひどく顔を歪ませた。目の前でゴミの分別をしていた咲ちゃんは、私の異変に気付いて手の中のものを見て、……そちらも固まる。今この場は、ひどく重く、冷たく、色々イタい空気で固定されていた。
「っち、違うんだ柳、渡辺っ!!それは先輩たちから譲られたもので!!決して俺らが読んでる訳じゃ――っ」
「だったら何で表紙に『梶山、手出し厳禁!!』とか書いてあるんだーっ!!」
 すぐさま意識を取り戻し慌てて弁明を始めた梶山に近付き、その頭を、雑誌で力の限り叩く。「いってーっ!!」とか叫んでいるが、まぁいい気味と言うことで。こんなもの、無防備に放置していたみんなが悪いんだ。
 
パンドラの箱の中身は、ある意味、予想外。だけど定番の品物ってやつだ。ピンクの表紙に水着のお姉さんなんかが挑発するようにこちらを見上げる表紙。いわゆる、『エロ本』と呼ばれる雑誌。この段ボールの中、二十冊前後入っていた。……ていうか、そんなに飢えてるの?二年生。書かれた名前、結構二年生率高いんだけど。ずきずき痛む頭を押さえながら、とりあえずその段ボール箱を部室に運び込む。そりゃあ、そういうものを男子が読むことに反論がある訳じゃないし、自然だとも思う。だけどなんとなく、触れたくない、触れちゃいけないオトコノコの域に踏み入ってしまった気分。呆れ半分、申し訳なさ半分という自分に、苦笑した。
 おろおろと半泣きでこちらを見つめる一年と、慌てて言い訳を、固まったままの咲ちゃんに繰り返す二年と。(私はどうでもいいのか)見つめたまま、大きくため息を吐いた、その時。
「悪い、遅れた。掃除終わったか?」
 我らが部長様山元様が、遅れて登場した。手をパンパンと払いながら歩いてきた姿に、敬礼する。
「お疲れ。随分ゴミの仕分けかかったね」
「あー、なんかカビ入ったバッシュとか生ごみなのか微妙でな。先生達と色々話してた」

 ごめん、と肩を竦ませる彼を見て、もう一度お辞儀。後ろの一年数人も、とにかく危ないゴミを突っ込んだ袋を頑張って仕分けしてくれたのだ。文句は言えない。しかしこのイケ面に生ごみ仕分けって、私山元のファンに聞かれたら殺されそう。そんなことを思い苦笑すると、山元は不思議そうに私の向こう側を見ていた。
「何?まだ終わってねぇの?」
「あ、え、いや、終わったんだけどさ」
「だけど?」
「……んー、いや、さ、」
 
曖昧に言葉を濁す私に、山元は首を傾げ、質問を重ねた。直球で言うのは何だか困るので、躊躇いながら手の中にあったソレを差し出す。(実はまだ握ったままだった)それを見て少しだけ目を細めた彼は、――やっぱり首を傾げながら、ソレを受け取った。
 ……
え?
 
その反応に、私は一瞬固まってしまう。いや、まさか、そんなはずは。私だって、咲ちゃんですら、一発でソレが何かを理解した。ていうか今時コンビニにも置いてあるわけだし。少なくとも、十七歳男子、見たことないって言うのは――無いよね?じっとりと背中に変な汗をかきながら、山元の動向をじっと見守る。いつしか、その手つきが気になって、周りの雑音すら耳に入らなかった。しげしげと興味深げにソレをひっくり返したり撫でたりして、とうとう山元はページを開く。
 ―ごくり
 
自分が唾を飲む音が、妙に響いて聞こえた瞬間、山元はぺらぺらと何枚か目を通し。

「……ぷっ、」

 ……
ぷ?頭上で聞こえた空気が抜けるようなその音に、訝しげに眉を寄せて、山元を見つめる。その肩は何故か揺れていた。え、え、え、?何なんだこの反応。そのまま、お腹を抱えて、顔を上げた山元の顔は、
「あ、ははは、はははっ!!……っ、な、なんだっ、」
 ――ひどく愉快そうで、珍しいくらい、大爆笑していた。真っ赤に顔を染めて、目尻に涙すらためて、その姿は本当に、……エロ本見た男子の反応ですか、これ?もうちょっと気まずそうにするとか、慌てるとか、ねぇ、おかしいでしょあんた。呆然として言葉を失った私の周りの部員も、ひどく驚いている。ふと顔を上げた山元が、みんなの顔を見回して、目尻の涙を拭い。まだ止まらない笑いを必死に堪えて、美しく微笑む。
「お前らなぁ。あんま部室にこんなもん、置いとくなよな?先生とかに見付かったらやばいだろ」
「あ、ああ、悪ぃ、」
「ま、別に部室ぐらい自由に使ってもいいと思うけどな、もうちょっと上手く隠しとけ。マネージャーも、そこら辺は分かってくれ。一応男子高校生な訳だし、今回は不慮の事故ってことで」
「ぇ、あ。や、そこは全然大丈夫」
 
宥めるように優しくそう言って山元は、近くにいた二年の頭を叩いて。そのまま、視線を私と咲ちゃんに向けて苦笑した山元に、慌てて頷き返した。別に怒ってる訳でもないし、こっちの許可なんか取る必要はないのだ。だけど一応伺いをたててくれてる部長に感謝を示して、淡く微笑んだ。……けれど次の瞬間、山元は悪魔のような微笑みで、ソレを再びぱらぱらとめくって。
「いや、しっかしこんなもん本当にあるんだなー、俺初めて見た」
「は、ぁ!?」
 
や、やっぱり山元見たこと無かったの!?いや、確かに見てるところ想像つかないけどね!?興味深げにしげしげとソレを眺めている山元の姿はある種、異色だ。咲ちゃんや他の一年なんかは見ていいかどうか分からないと言いたげに視線を逸らしているし、二年は山元の発言に驚愕している。
 だけど山元は端整な顔を歪め、クスリと笑って。


「つーかさぁ、お前らも欲求不満ならこんなん読んでないで、実践しろよ。そっちのがよっぽどスッキリするぜ?」

 あまりに妖艶な微笑みで、その言葉を吐き出した。その微笑みを見て全員一瞬動きを止め、頬を赤く染めた。
 その後、私は山元に殴りかかり、一部は尊敬したような眼差しで山元を見つめ、一部は若干魂が抜けたような状態に陥り、その他は納得したように頷き、咲ちゃんは半泣きだった。




――今日の教訓。
頼まれたとしても、男バスの部室掃除にはまともに付き合うものじゃない。
あそこでまともなものは見つからないし、
変なものは見つけちゃうし、
部長のいらない変態発言しか得るものはないのだ。
私に殴られ、いつまでも不思議そうに首を捻る山元を見て、私はそれを心に刻んだ。

  

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