空に咲く華、

きみの熱、

忘れられない、夏。


13.きみとふたり(1)


「♪〜〜♪♪」
 
鼻歌を歌いながら、お風呂のドアを開け、しっとりと汗ばんだ肌をタオルで拭く。ベビーパウダーを体にまぶしながら、下着を身につけた。そのまま、廊下に出てお母さんに声をかけた。
「お母さーん、出たよー?」
「はいはい、ちょっと待ちなさい、」
 
返事と一緒に、ゆっくり階段を降りてくる音。ニコニコしながら和室へと歩を進め、そこに置いてあった、淡い色合いの浴衣を手に取る。今年のものは、桃色。薄く白い線が入って、小さく散った桜が綺麗なお気に入りの一品。帯にも桜が入っているけど、こっちは深紅だ。まじまじとそれを眺めていると、お母さんが入ってくる。私がぱっと顔を輝かせると、お母さんは少しだけ、呆れたようにため息を吐いた。
「……あんたって、何歳になっても無邪気というか子供というか……」
 ――お母さん、それはどういう意味ですか?

 八月も半ばを過ぎた今日は、前々からクラスでお祭りに行くことになっていた。うちのクラスは結構男女とも仲がよくて、色々打ち上げとかもやってる。残念ながら、私は部活が忙しくてそんなに参加できないんだけど。でも今日は少し離れた街のお祭りに行くというので、参加を決めた。だって、お祭りなんてしばらくぶりだし。しかも、女子は浴衣強制というので、久々に袖を通すのが楽しみで、楽しみで。昔から浴衣とか、そういう和服の類は大好きだったんだけど、去年は部活、一昨年は受験による予備校通いで、まともに数えると二年も着てない。だから今年は練習が忙しくても行こう、と決めていたら二時には部活が終わって。走り出しそうな足を宥めつつ家に帰って、お母さんに今、浴衣を着せてもらってる。
 ちなみに、山元は行かないのかクラスの子に聞いたら、「めんどくせぇ」の一言で片付けられたらしい。友達甲斐のないやつだなぁとは思うけど、まぁ、練習で疲れてるだろうし。山元が来るとなるとクラスの子、目の色変えるからね。その苦労を思って、ほんの少し、苦笑した。
「お母さん、まだ?待ち合わせ間に合わないよー」
「ちょっと待ちなさい、ほら、髪やっちゃうから後ろ向いて」
「はぁい」
 
お母さんは、センスがいい。だから浴衣の帯の締め方も綺麗だし、髪型もいじってくれる。鏡の中の自分は、いつもより大人びて見えて。なんだか、嬉しくなる。
 ……山元が見たら、馬鹿にされなくなるかな。そんな考えがふと頭によぎって、慌てて打ち消した。
 なんで、こんな山元のこと考えてるんだろ。別にあんな奴、どうだっていい、はずなのに……。悶々と考えて、段々首の角度が傾くのにお母さんが文句を言ったので、慌てて前を向いた。そ、そうだよ!!今はそんな場合じゃないのだ。無理矢理にでも、振り払った思考の意味もろくに考えず、私はそれを、選択した。

「神奈ーっ、ごめんお待たせー、」
「ああ、大丈夫、」
 
待ち合わせ場所に駆けつけてすぐ見つかる、その美少女。気だるげなその雰囲気がまた素敵。口を開くと同時に、手の中にあった携帯をぱちん、と閉じる。神奈は、すごく甘い感じの美少女だ。なんていうか、……綿菓子?
 女バスに所属してる神奈の名前は、私も入部してすぐ、今の二年生がよく騒いでるから知ってた。サラサラの髪は地毛だけど茶色くて、襟足にもかからない位短い。真っ白な肌に、ほっそりした肩と手足、華奢だけどスタイルは良くて身長も高め。そんな可愛い子に上目遣いで微笑まれたら……!!
 ――ただ、神奈の場合は見た目通りに受け取ると痛い目見る。今でも忘れない、初対面の一言。友達に紹介された彼女に対し、私はあまりの可愛さに驚いて後退り、真っ赤になったのに彼女は天使のように微笑み。
『悪いんだけど、女と付き合う趣味はねぇから、そういう友達ならお断りな?』
 
練習で使い過ぎて、低くガラガラのドスが利いた声で囁かれた。そんな彼女のあだ名は、『毒舌女王さま』『ドS突っ込みキャラ』などなど。まぁ、何だかんだで相性はいいし、一緒にいて楽しいし。さっぱりしてて陰口は言わないっていう、外見に似合わない男らしさに惚れました。そんな風に仲良くなった私達は、今年は晴れて同じクラスになれた。そして昨日、女バスは遠征から帰ってきて今日はオフだったから来てくれたんだ。久々に会えた神奈が嬉しくて相変わらず可愛くて、甘えるように抱きつくと「離せ、」と小さく舌打ちされた。……つれない……。でも、そこも大好きなんだけどね!!
 
でも、と神奈を見てしみじみため息を吐く。結構似合ってるかな、と思った浴衣、神奈の前じゃやっぱり霞むなぁ。紫紺に桔梗の花柄が彩る浴衣を、落ち着いた黄色の帯で締めて、それは神奈によく似合っている。普段から可愛い神奈だけど、今日は色っぽいというか、とにかく私が男子だったら放っておかない。
 だけどしょぼんとして俯いた私を、神奈はしげしげと眺めて軽く頷いた。
「へぇ、瑞希似合うな」
「そう?神奈に比べれば全然だよ」
「あたしなんか似合わないって、うん。瑞希今日なんか大人っぽいし、」
「ぅわ、」
 
褒めてくれた神奈に対して、一瞬嬉しくなるけど、やっぱりへこんでしまう。まぁ神奈と比べる時点で間違っているんだけれども!!だけど!!けどそんな私に気付く様子もなく、神奈は納得したように頷きながら、私の手首をいきなり引いた。当然、和服で動きが制限されちゃう私はそのまま神奈の胸に飛び込んじゃう。慌てて離れた私の顎を、くいっと上げて。
「――可愛い」
「〜〜〜〜〜かかかかかかっ!!」
 余りに妖艶な笑みで、少し掠れた声で、それを囁くから。一瞬言葉を失い、後は顔が真っ赤に染まっていく。そんな私を見て、神奈は小さく苦笑を零した。
「瑞希ってそういう馬鹿正直なとこ可愛いよな」
「へ、それ、褒めてる……?」
「もちろん」
 
え、何か顔が年下の女の子仕方ないなぁって見ている感じなんですが。……けれどいちいち突っ込むのも自分を落ち込ませるだけだな、そう思い自分を納得させた。
「……恍、引っ張り出さないとまずいかもなぁ、」
 よって、その直後の神奈の呟きは、素でへこんでいた私には届かなかった。
 ……ていうかもしかして私って女好きなんだろうか。山元とか青竹くんより神奈とか咲ちゃんの方が側にいてときめくし、なんて考えは脱線したけれど。
「ていうか、瑞希?そろそろ行かないとやばいんじゃね、みんな待ってるだろ?」
「へ、あ、ホントだ。ごめんね神奈、行こう?大丈夫、ナンパからは私がちゃんと守るから!!」
 色々物思いに耽って、自分の世界に突入していると、神奈がいきなり声をかけてきた。慌てて時計を見ると、もう六時半。待ち合わせは四十五分、神社の中だ。もう周りは結構人で混雑してて、神奈の手をぎゅっと握る。振り返って鼻息荒く、神奈のボディーガード宣言をすると、一瞬固まった神奈は小さく笑って、手を解いた。そのまま、優しく頭を撫でられる。
「別に瑞希に守ってもらうほど弱くねぇから大丈夫、」
「う、で、でも、」
「はいはい、人の心配してないで自分の心配しろ、ぶつかるぞ」
「あ、……はーい」
 
穏やかな口調で宥められ、そのまま神奈に着いていく。背の小さい私のために先導して、人混みを掻き分けていく神奈。その背中が頼もしくて大好きで、堪えきれずその腕にしがみつく。「暑苦しいんだけど?」なんて言いながら、神奈は振り払ったりしないで、私の好きなようにさせてくれた。

 神社に着くともうみんな集まってて、「遅いー」なんて小突かれる。二人で顔を見あわせて苦笑して、肩を竦めつつ頭をペコリと下げたら、笑われた。
 クラスのリーダー格の男子の「行くぞー」という声とともに、ぞろぞろと歩き始める集団。ざっと人数を数えたら、二十人前後いた。迷子出そう。むしろ、私が迷子になりそう。ていうか何食べようかなー、走ったからお腹空いたなー、なんて思った矢先に肩をつつかれる。振り返ると、いつも一緒にお昼を食べてるさっちゃんこと倖と、きゆだった。
「瑞希浴衣似合うねーっ、可愛い!!」
「え、ホント?ありがとう」
「大人っぽいわね。髪形すごく素敵よ、それ」
「えへへ、お母さんやってくれたんだ。でもさっちゃんもきゆも似合ってるよ。ね、神奈?」
 
似合う、と言われて頬が緩みながらも、二人をまじまじと見つめる。
 さっちゃん、室田倖は、明るいムードメーカー。なんだけど、すごく気遣い性。一見暴走してるだけに見えるけど、実は相手をよく見て動いてるんだな。で、すごーーく可愛い。髪は肩までしかないんだけど、小顔だし、よく焼けた肌や大きな目からは元気なんだなぁってことが感じられる。活動的で運動もできるさっちゃんは、バレー部のエースだ。
 きゆこと、御子柴輝柚は、おっとりして見える和風美人だけど、見た目に反して意志が強く、そして毒舌。腰近くまであるさらさらストレートに、雪みたく白い肌、スレンダーな体型(……が、実は着痩せする)。顔だけ見たら守ってあげたくなるようなタイプなんだけど、中身はものすごく意外性に溢れてる。神奈なみに。頑固で腹黒で、でも仲良くなるとすごく優しい、頼りになる友達。ただし、敵に回したらひどいけどね!!きゆ、敵には容赦なくガンガン責め立てるからね!!笑顔で毒舌だからね!!ちなみにきゆは部活に入ってない。お嬢様な彼女は、お琴とお華とお茶の稽古が忙しいらしい。それ聞いた時、私感動したもん。本物だ!!って。
 そして、この二人は去年同じクラスで、きゆは神奈と同じ中学だった。
 しばらく周りを見渡してた神奈は私の言葉に振り向いた。そして二人をじーっと眺めると、小さく笑う。
「ん、可愛い。つかきゆ、昨日デートだった?」
「え?ええ、よく分かったわね」
「だーって髪、下ろしてるから。激しかったんでしょ?」
「えぇ!?きゆ、だーかーら今日お揃いで結おうって言ったのに断ったん!?」
「……どっちにしても倖と一緒の髪型はイヤだけどね。全く、神奈は目敏いから困るわ……」
「いやいや、それほどでもねぇよ。怒るんだったら旦那に怒れ」
「言っても聞かないもの、あの人。そう言えば、倖も昨日デートだったんじゃないかしら?」
「え、あ、うん、まぁ。……いや何も無かったけどね!?全然ッ!!」
「……その反応怪しいわね、さ、全部吐きなさい倖?」
「ふーん?倖もとうとう大人の階段上っちゃったって訳?」
「だから違うってー!!」
 
目の前で真っ赤になるさっちゃん、それを見て怪しく笑みを零すきゆ、納得したように頷く神奈を見て、ため息を吐く。
 ……私たちのグループは、私以外全員彼氏持ちだったりする。
 神奈は年上の彼氏と、確か今年の春から。
 さっちゃんは一つ下の幼馴染み君と、つい最近付き合いだしたって言ってました。
 きゆは昔から許嫁が居て、普通に仲がいいらしい。
 確かにみんな可愛いし美人だし性格も素敵だしたまらないんだけどね!!私だって女子なのにときめいたりよくするけどね!!だけど私だけここに入れないのは切なかったりするのよ!!とか何とか苦悩をして思い悩む私はうんうんと唸っていた。
「ていうかさ、瑞希今日大丈夫なの?高田とか明らか瑞希狙いじゃん。山元は?」
「んー、危ないと思ったからメールはしといた。……あ、返信来た。今から来るってよ」
「全く、瑞希が可愛いの分かってるくせに馬鹿ねぇ。あんな奴にあの子渡すのは惜しいわ、本当に」
「出たーっ、きゆ山元嫌いだよねぇ。うちも気にくわないけどね、瑞希好きだから」
「まぁ可愛いしな、あいつ。ただあたしを超える奴に恍がならない限りは渡さない、」
「神奈今まで変な虫つかないよう守ってきたものね、私もそれに賛成だわ」
 という訳で、先程の神奈のぼやきと同様、この三人の怪しい相談会は聞いておりません。


  

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