13.きみとふたり(2)

 クラスの子と遊ぶのはほとんど始めてで、テンションがあがるのを自分でも分かってた。 ずっと何かしらに笑ってたと思う。
 時々、神奈が携帯を見ててニヤニヤしてるのがすごく気になったけど、あんまり聞かなかった。彼氏さんからメールが来たのかなぁ、なんて思いながら、ほのぼのとみんなを眺めて。
 何だか今日はクラスの男子が色々奢ってくれて、ありがたくその気持ちを受け取って歩いた。本当に、何でだろう。普段はあんまりしゃべらないか、または、山元と一緒にいじめてくる人達が、次々に声をかけてくれる。大半がお世辞だったけど、嬉しかったから「ありがと、」って言っておいた。
 だけどクラス委員の高田と話していたとき、いきなり神奈が「あぁ!!」って声を上げた。神奈が大声出すなんて珍しくて、思わず振り返ると、少し意地悪い微笑み。
「どうしたの?神奈」
「いや、知り合いのお父さんがたこ焼きを作ってたらしくてな?買いに行くって約束したのに行き忘れちゃったなと、」
「どこでやってるの?一緒に行こうか?」
「入り口のところなんだけど。でも、いいや。足、下駄慣れないから痛いしな」

 そっか、と口を開きかけたところで、神奈の顔を見る。少しだけ申し訳なさそうな、寂しそうな、顔。その顔を見たら、何だか私まで切なくなってしまって。思わず、言葉が出ていた。
「……なら神奈、私が行くよ?」
「「えっ!?」」

 一つは神奈の嬉しそうな声、もう一つは高田のもの凄く悲しそうな声。見事にハモっていて拍手を贈りたくなっていたら、神奈が私の肩を掴んだ。
「本当に!?瑞希、いいのか?頼んじゃって」
「うん、気にしないで。神奈部活も大変だったんだし、私行ってくるよ。高田は神奈とここで待っててね?」
「え、や、柳、もう花火も始まるし、お、俺も―――」
「すぐ戻ってくるから、大丈夫だよー。じゃあ、後でねっ」

 声をかけて手を振る。神奈は高田の手首をがっちり握って、満面の笑みで手を振ってくれた。あの二人、仲良かったっけ?ちょっと意外だなぁと思いながら、顔はニヤける。良かった。神奈がこんなに喜んでくれるんだったら、嬉しいな。いいことをした気がして、スキップに近い足取りで駆けていった。

「っと、す、すみません、」
 
もうすぐ花火が始まるからか、神社の入り口は妙に混んでいた。あんまり大きな花火を打ち上げないから、余計に近場で見たいらしい。うちのクラスもジャンケンで負けた何人かが場所取りしてくれてるって言ってたな、と思いながら歩いた。だけどぼんやりしてたらそこら中の人にぶつかって、謝りながら必死で進む。折角綺麗にしてもらったのに、これじゃあ髪も浴衣も乱れちゃう。正直、すごく残念な気持ちになりながらとにかく前に進んだ。
 えと、神奈、入り口の方にあるたこ焼き屋さん、って言ってたよね?で、知り合いのお父さんって言ってたから、おじさんがやってるところを見ればいいのかなぁ。

「……あ、」
 
ていうか、神奈、足が痛いって言ってたじゃない。いっけない。高田が絆創膏を持ってるとは思えないし、渡してから行けばよかった。私自身、足が痛くなりやすいタイプだから確か持って来てたはずだよな、と思って巾着の中を漁る。絆創膏、絆創膏、っと……。
 少し横道に逸れて立ち止まり、ゆっくり中を見ようとした時、肩が軽くぶつかった。少しだけ痛かったけど、「すみません、」と頭を下げる。顔を上げると、三人くらいの多分、男子高校生。不愉快そうに顔を歪めていた彼らは、目が合うと急にニヤニヤとする。……何だろう、すっごく嫌な感じ。思わず眉を顰めるけど、彼らは気にする様子も無い。どころか、いきなり距離を詰めてきた。暑いのに、背中にじんわりと、冷や汗が流れる。明るい世界を見たいのに、大柄なその身長に阻まれ、気付いたら周りが全く見渡せなかった。

「君、可愛いねぇ?」
「……別に、そんなことありません」
「いやいやマジで。つか一人?危ないよー祭りなんかでフラフラ歩いてると」
「俺らみたいな悪いのに引っ掛かっちゃうからさぁ、」

 三人で馬鹿笑いをしてるけど、私は全く笑えなくて。指先が震えるのを、感じた。たまらない。たまらない、不快感。今すぐ目の前の男子たちを突き飛ばして走り出したい衝動にかられるけど、怖くて、力が沸かない。
 ―――俯く私の肩にいきなり、手が回された。思わず、びくりと震える。耳元に、湿った吐息がかかって、声を出せなくなった。

「ねぇ、じゃあ一緒に行こうよ、……奢るしさ?」
「……っ、」

 嫌なのに。拒否、したいのに。何にも、言えない。ただ必死に、首を小さく振ることしかできなかったけど、彼らはそれを気にする様子はなかった。
 ヤメテ、ヤダ、離シテヨ、気持チ悪イ。
 心の中で何度も、何度も叫んだ。肩に回された手に力が込められて、前に歩かされる。ぽたりと、涙が零れそうになった、その瞬間。

「……ったたた!!」
「何やってんだてめぇら」
「!!」
 
ひどく聞き慣れた、声がして。肩から伝わっていた気持ち悪い温もりは、消えていた。ぼんやりと顔を上げれば、―――山元が、鬼みたいな形相で男子高校生の手首を捻りあげている。私と目が合うと、ひどく不機嫌そうに顔を歪めた後、手首をパッと離して。側に来て、私を背中に庇うように彼らの前に立った。私から見ると彼らも十分高いんだけど、山元の方がずっと高い。けど、安心、する。ホッと吐息を零す私の目の前には、頼りになる背中。
「失せろ」
「っ、言われなくても!!」

 我先にと駆け出すその様子を見て、やっと目尻に溜まった涙を拭うことができた。クルリと振り返った山元は、パーカーにシンプルなジーンズ。だけど、よく似合ってる。少しだけ不機嫌な顔を和らげて、小さく肩を擦ってくれた。それに首を傾げれば、ムッツリと一言。「感染予防、」……思わず、吹き出してしまったけど。クスクスと笑う私を安心したように見つめて、山元は軽く空を仰いだ。
 ……あれ。ていうか当たり前のように山元の登場を受け入れちゃったけど、確か、来ないはずだったような。くいくい、とその袖を引っ張ると、面倒くさそうに目を合わせてくれる。

「山元、今日、来ないんじゃなかったの?」
「……」
「違ったっけ?」

 尋ねると、あからさまに固まった後、長い時間をかけて息を吐き出した。
「神奈から、何も聞いてねぇ?」
「神奈?ううん、何も?」
「……ったく、あのアマ」
 ……何でいきなり神奈が出てくるんだろう。ていうことはもしかして、神奈がメールしてた相手って、山元?色々疑問が浮かびながら、もう一つ、ずしんと胸が重くなった。
 神奈、って、まだ呼び捨てなんだ。そりゃあ、――去年二人は付き合ってたし、その前から仲良しだったし、当然かもしれないけど、だけど。何となく、そんなことを考えてしまって落ち込んでしまった。けど山元はそんな私に気付くでもなく、小さくため息を吐いた。それに頭を上げて、山元を見つめる。目があった瞬間、柄にも無く、山元は頬を赤く染めていて。ますます首を、傾げた時。意を決したように、山元は、口を開いた。

「……お前が、浴衣だって、神奈が言うから」
「言うから?」
「だから、っ、」

 山元の言葉を繰り返すように、先を促すと、一瞬怯みながらも、もう一度話し始めた、時。

 ―ドーン!!

 その言葉に重なって、大きな音がした。

「「……え、」」
 二人同時に、空を見上げる。大きな火の華が、夜空に舞って。色取り取りのその美しさに、一瞬言葉を失った。ドーン、ドーン、と断続的に、色が重なる。真っ暗な世界に輝く光が、山元の顔を照らし出して。……その横顔が、ひどく綺麗だと思ったのは、内緒。瞬間的に大きく跳ねた心臓の音を誤魔化すように、少しだけ俯いて、言葉を吐き出す。
「は、花火、綺麗、だね?」
「……おう。たまにはいいもんだな、こういうのも」
「……そうだね、」

 言葉がどうにもぎこちなくなってしまったけど、それを山元は気にするでもなく。僅かに微笑んで、嬉しそうに花火を見つめるから、私も嬉しくなって、少し、笑ってしまった。
 だけど、不意に私の手を、山元が取る。その仕草は、余りに自然で、反応できなかった。
な、なに、かな?」
「何って、手、繋いでるんだろうが」
「な、なんで?」
「お前、危なっかしいんだよ、本当に。……一人で放っといたらどこに行くか分かんねぇし」
「な、だ、大丈夫だよっ」
「さっき危ないのに引っ掛かっといて、よく言うなぁ?」
「う゛、あ、あれは違くてね!?」
「……頼むから、」

 吃りながら必死に言って、手を引かれながら大きな背中を追いかける。並んだときに、花火の光で見えた横顔は、意地悪な色が乗っていて。だから思わず反論すると、急に、真剣な声音になる。ゆっくりと、私を振り返って。行き帰りが激しい中、二人、立ち止まって見つめ合う。通行に邪魔だとか、もっと言い返したい気持ちは、あるのに。

「これ以上、心配させんなよ」
 ――その瞳に吸い込まれて、何も、言えなくなってしまった。

 こくり、と頷くと、柔らかく笑われて。まるで仕返しみたい。今度はこっちの顔が、赤くなってしまった。

「行くぞ。クラスの奴らが場所取ってるんだろ?」
「あ、う、うん。ていうか山元、さっきの、聞こえなかったんだけど」
「…………もう言わねぇ」
「えぇ!?何でよ、仕方ないじゃん!!」
「うっせぇな、聞いてねぇ方が悪いんだよっ、誰が何回も言ってやるかっ!!」
「山元のけち!!変態!!」
「誰が変態だっ!!」

 ……だけど、たった一言でさっきまでの空気を一気に掻き消して、いつもの馬鹿やれる関係になれるから、それがひどく心地よくて。思わず、クスクス笑ってしまうと、山元はふて腐れたように唇を尖らせた。
 歩きながら、今日のことを一つずつ、話していく。男子がたくさん奢ってくれたんだよ、と言うと、何故か一人一人名前を聞かれた。首を傾げながら素直に答えると、「ほぅ、山崎と柏原、……それに高田か」と妙に怖い目で山元が呟いていた。でも楽しかった、と告げながら、はっと気付く。

「どうした?」
「神奈にたこ焼き頼まれたのに、買ってくるの忘れちゃった」
「たこ焼き?」
「うん。知り合いのお父さんがやってるって言っててね、下駄で歩くの痛いって言うから代わりに行ったの。うぁ、悪いことしちゃった……」
「……そこら辺ので多分大丈夫だ、それは」
「え?何で?」
「……俺もその人と知り合いで、俺が行ったら閉まってたから」
「そっか、ならいっか」

 頷きながら山元を見ると、前の方を睨みながら、「あのクソアマ」とかぶつくさ呟いていた。徐々に明かりが広がり、遠くで神奈が手を振っている。嬉しくて手を振り返すと、山元はあからさまに顔を歪めて、走り出そうとする私の手を引いた。何事かと振り返ると、真剣な眼差しで見つめられる。
 うう。山元のこの目、苦手なんだけどなぁ……。何だか落ち着かなくさせられる視線に、困って俯くと、ふ、と笑う気配がして。

「――柳の浴衣姿って、そそる」

 …… 耳元で、卑猥な囁きが落とされた。ばっ!!と顔を上げると、すでに手は離され、山元はゆっくりと歩き出していて。私は耳を押さえ、真っ赤になってしまった。
 っあーもうっ!!なんであういうことサラッと言うの山元の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!変態!!スケベ!!痴漢!!あんたはそういう方向にしか考えてないのかっ!!……と、どんなに頭で山元に怒っても、一つも言葉にはならず。ただ私の頭の中には、山元の言葉だけが、グルグル回った。
 やがて山元が振り返って、「早く来いよ」って言うまで、私はその場から、動けなくて。





……今日一日、ね。
色んな子としゃべって、すごく、楽しかったんだ。
だけど、だけど。
山元がいたらもっと楽しいな、とか、山元だったらこう言うかな、とか、ずっと考えてたの。

悔しいから絶対絶対!!あのセクハラ大魔神には言ってやらないけどね!!

  

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