甘いものの摂り過ぎには、ご用心。


閑話2*糖分過剰注意報


 女の子の話題って、大体どこでも変わらない。一番人気が恋の話。噂話に、怖い話。意外と「あるある」話も人気じゃないかな?
 でも、そんな中でも変わらない人気なのが――。

「瑞希先輩もですか?」
「うん。一応注意はしてたんだけどね〜。……予想外」
「そんな風には見えないですけどね?」
「それこっちの台詞!!咲ちゃん全然変わらないじゃないっ」
 文化祭が終わり、青竹くん問題も何とか解決して二週間。そんな中、部室で女の子二人交わされる会話がそう言う方向になるのは、自然なことかもしれない。咲ちゃんとまったり話していたら、自然と文化祭の話題が持ち上がり。
 その時、咲ちゃんがそっと声を潜めたのだ。「実は私……」って。その内容は予想外過ぎて、目を見開いてしまったんだけど。私にも身に覚えがあったから、思わず頷いてしまい、緊急作戦会となったのだ。
「でも、実際マズいんだよねー。特に最近は時間無いから、怠けちゃって」
「私もですっ。部活終わってから勉強したりご飯食べてると、あっという間に一日終わっちゃうんですよ」
 
どうにか出来ないですかね、と重たいため息を吐く咲ちゃんは見た目に変わったところは無い。だけど本人が言うには、脱ぐともう、やばいらしいのだ。咲ちゃんだったら、実際別の意味でやばいんじゃないのかなぁ?……とも思ったけど、それを口にすると、確実にセクハラにしかならないから止めておいた。とりあえず、同調するようにため息を吐いて、根本的な解決策を練ることにする。
「んー、何か咲ちゃん良い案ない?このままじゃからかわれる」
「誰にですか?」
「山元にっ」
 
口にしながら、以前同じ状況に陥った時のあいつを思い出す。いきなり近付いて来たかと思ったら、耳元に嫌味を一つ二つ残して消えるのだ。
 あの時もムカついて色々頑張ったんだよね……。
 思い出すだけでムカムカするのを、押さえるように頑張るけど、険しくなる顔には、さすがに注意は払えなかった。頬を膨らませて怒る私に、咲ちゃんは苦笑しながら、何か思い付いたように手を叩く。
「何?」
「瑞希先輩、良いの思い付きました」
「何?言って?」
「山元先輩で思い付いたんですけど、」
 
声を潜めて、その良い案とやらを話す咲ちゃんに、ふんふん、と頷く。だけど聞けば聞くほど、それは――。
「効果あるのかなぁ?」
「あると思いますよ。先輩、結構食べてません?」
「ん、でも確かに。部活帰りとか、小腹空いてコンビニ寄っちゃうかも。それを無くせばいいのか」
「そうですね。とりあえず、応急策としてどうです?」
 
そのまま、「ダイエットにはそれが一番ですよ、」と微笑む咲ちゃん。きっと彼女も体型維持のために色々頑張ってるんだろうな、と思って苦笑した。

 文化祭と言えば、個性的な女装喫茶やお化け屋敷に縁日風屋台、とにかく楽しいこと目白押しだ。
 けれど、その中で欠かせないのは、やっぱり食品販売。お祭に行くと、ついつい食べ過ぎてしまうことはあるはず。
 特に私は、身体の割に胃袋が大きい、と自覚している。ケーキバイキングに行って、プチケーキなら三十個はいけるし。
 そんな訳で、一日目・二日目と、私は食べた。クラスでやってる駄菓子にベーグルとアイス。部活動主催の焼きそばにクレープ、たこ焼き。保護者会の出してたケバブやお好み焼きも美味しかった。それはもう、周りにいた神奈や山元や田口くんが引くまで、私は食べたんだ。
 更に最近部活が終わる時間が遅くて、日課だった腹筋や腕たてもサボっていて。――その結果、お腹の肉がプニプニとして、指で摘むと伸びてしまう始末。悲惨すぎる現実に、しばらく落ち込んでいた。
 そりゃ、私だって年頃の女子高生だからさ、体重も気にするし。そんな訳で、ダイエットに踏み込んだんだけど。咲ちゃんの言った方法はちょっと気持ちに辛いけど、確かに効果はあるはずっ。しばらくの我慢だ、と私は大きく頷いて、明日からの生活をシミュレーションした。


 それから一週間。
 神奈と一緒に帰る際、コンビニに行っても何も買わない日々が続いている。お腹は減るけど、財布とダイエットのため、頑張っています。……まぁ、家に帰ってからその分取り戻すように食べてるから、意味ない気がするんだけどね。
 今日も昼食後のお楽しみを断腸の思いで断って、ひもじいまま放課後を向かえ、無事部活を終えた。体重は測ってないからまだ結果は分からないけど、再開した筋トレとこのダイエットのお陰で、プニプニは少なくなってる、と思う。座ってると何か食べたくなってしまうので、神奈に声を掛けて、部室の外へ出た。まだ着替え中の彼女を、数分外で、待つつもりで。
 
夏の残り火はわずかなもので、六時を過ぎた頃にはすっかり日も沈んでしまった。八時を過ぎた今は、星がちらちら雲の間から覗く。月はとっくに空の四分の一を越えていた。
 ……そう言えば、クロワッサンて月の形をかたどってるんだよね。なんてくだらないことが頭を過ぎってしまい。最早何にでも食欲をたぎらせてしまう自分のお腹をそっと擦って。言い聞かせるように、語りかける。
「よーしよし、大丈夫だよー、もうちょっとで食べさせたげるからねー。好きなもの何でもいいからねー」
 
涙が出そうなほど健気に頑張る自分に、ちょっとほろりと来ながら女バスの部室のドアを、見上げた瞬間。
「…………何やってんの、お前」
 
心底呆れたような、むしろ引いてしまったような、その声を聞いて。私はさっきとは違う意味で、泣きたくなった。
 
半泣きのまま、後ろを振り返る。そこには、何とも言い難い、奇妙なものを見るような顔で、――シューティング帰りの山元が立っていた。
 なんて言うかさ、一人でこんなことしてた私も悪いよ?
 でも、でもね。何でそうあんたはピンポイントで見られたくないところを見るのかなッ!!いっそ逆ギレしてやりたい、だけど何とも言えなくて、私は俯くだけだった。
 遠くで、まだ活動をしている部活があるのか。大きな掛け声と一緒に、ジャリジャリと足音をたててこちらに向かう山元の気配。そして吐き出される、苦笑混じりの吐息。
「相変わらず、変だよなぁ、お前」
「……うるさいなぁ」
 
どうやら、私の行動の意図は気付かれてないみたい。しかも、深く突っ込まないでいてくれるし。ありえない幸運に、ホッと一息吐いて、山元を見上げた。意地悪な顔をしてるかと思ったら、予想外にも程がある。――優しい微笑を浮かべて私を見つめていた。
 そのまま、大きな手のひらで頭を撫でられる。グシャグシャにされる髪型に、文句を言ってやりたいのに。焦れた瞳とも違う、意地悪な瞳とも違う、まるで包み込むような、暖かいその視線に。こくり、小さく喉を鳴らした。
「大丈夫みたいだな」
「へ?」
「お前、馬鹿な癖に誤魔化そうとするから、」
「なっ、」
「……無駄に心配、しちまうんだよ」
 
俺が勝手にな、なんて、屈んで瞳を合わせてくるから。外灯にチラチラと照らされるその美麗な微笑みに、言葉が返せない。
 心配、してくれてたんだ。この人は、私を、ずっと。文句を言いながら、意地悪く接しながら、見守ってくれていたんだ。
 それを今更ながらに気付いて、急に頬が熱くなる。胸の奥が、コトリと音を立てた気がする。
 今が暗くて良かった。こんな顔見せたら、何て言われるか、分かったもんじゃない。妙に胸を占める恥ずかしさを誤魔化すように、私は今日も口を開く。
「反則だ、」
「あ?」
「山元は反則!!ずるい!!」
「……何意味分かんねぇこと言ってんだよ、お前。順序立てて説明しろ」
 
意味の分からない批判を受けたせいか、僅かに山元が不機嫌になる。だけど、こっちだって頭、一杯一杯なんだよ。感じなさいよ、それ位。女慣れしてるくせしてっ!!
「そ、そういうこと、言っちゃうじゃない」
「はぁ?」
 
頑張って、震える唇から、私の思いを吐く。なのに、山元はますます意味が分からなくなったみたいに、唸ってみせた。
 うぅ。どんな羞恥プレイよこれー!!
「……へーきで、言っちゃうんだもん」
「何をだよ」
「っ、や、山元と違ってね、私、慣れてないから、慣れないんだよっ」
「だから、」
「優しくされたり、女の子扱いされたり、急に触られるの、緊張してしょーがないのっ!!」
「……」
「だ、だからっ、ずるい!!山元ばっかり慣れてて、ずるい……っきゃ、」
 
決死の思いで、馬鹿みたいな自分の心境を叫ぶ。
 本当に、馬鹿みたいだ。
 あんたの一挙一動に、こんなに掻き乱されてる。何気ない行動一つに、こんなに揺らされてる。それを不快じゃないって、感じてしまってる。そういう自分が訳分からなくて、恥ずかしくて、八つ当たり、してしまう。
 ――だけど、全て言い終わるか、終わらないかの、ところで。
 いきなり、ぎゅっと手首が捕まれて。予想外の強さに、悲鳴を上げてしまう。文句を言おうと顔を上げたら、頬を染め、どこかムッとした山元がいた。
「……どっちが」
「へ?」
「どっちが、ずるいって……?」
「山、元……?」
「お前さ、マジで俺のこと、分かんねぇんだな」
 
はぁ、っと深いため息を近くで吐かれる。その音にすら、どうにかなってしまいそうな自分がいて。心臓が、鷲掴みされてる心地すら、して。混乱する私に語りかけるように、山元は、一言ずつ区切って、それを、言う。

「……俺だって、慣れないことばっかだよ、お前には」
 目の前の熱い瞳が、私を、浮かせて
「どう触れたらいいか分かんねぇし、壊さないか心配だし、」
 その瞳に、どうしようもなく、囚われて
「……嫌われねぇかとか、いつも、思ってるし、」
 
全身で急上昇する熱に、私は、ふわふわする
「柳のそういう一言に振り回されて、可愛いとか思っちまってるし」
 
耳元に響く、甘い、声に
「お前になら、何でもしたい、とか、らしくないこと考えてるし、」
 
砂糖よりも甘いだろう、その言葉に
「いつも俺の頭一杯にしてんのに、これ以上、お前、俺のことどうする気だよ?」
――溶かされてしまうよ

「だから俺――、」
「まっ、ストップストップストーーーーップ!!」
「ふぐっ!?」
 
全力で叫んで、この甘ったるい空気に停止を求める。慌てて山元に掴まれていた手首を解放して、その口を塞ぐ。
 ありえない。ありえないよこの男!!
 まだパニックのままの私を気遣うでもなく、うっとおしげに私の手を払う。
 あーもーやーめーてー!これ以上、私をジタバタして悶え死んでしまいそうな空間に置いていかないでー!!一人苦しんでる私を、『空気読めない奴』とでも言いたげに睨んで、「何?」と尋ねる。それに私は荒く呼吸を繰り返した後。
「だ、ダイエットの、ため、……甘いモノは、駄目なのです!!」
 
情けないことに、それしか口にできなかった。

『山元先輩で思いついたんですけど、甘いモノを食べない、ってどうですか?』
『……なんで山元で甘いモノ?』
『うーん。先輩自体が甘い人だから、ですかね』
 
深い意味はないんですけど、そう苦笑した咲ちゃん。私はあの時、意味が分からなくて首を捻っただけだったけど。
 ……はい、今身をもって経験しました。確かに甘い男です、言動が、態度が、いっそ存在自体が、激甘な人間だ。




――そう、その甘さは。
まるで私の大好きな、チョコに似ていて。
中毒性と癖のあるその味を思い浮かべて、私は神奈が来るまで、頬の火照りを冷ますのに、必死だったのです。

  

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