触れて見つめて笑いかけられて。

どうしようもない位、一挙一動に振り回される。


34.嬉し恥ずかし恋愛事情


 先生達は難しそうな顔をして、人数確認している。男女一列ずつ並んだ、制服姿の生徒達。そこまでは、いつもの学校集会と変わらないんだけれど。大きな窓の向こうには、青い空と飛行機が見えて、スーツ姿のサラリーマンやスーツケースを持った女の人。ざわめく空港で、校長先生の『出発前注意』は続く。
「三泊四日、という長い期間の間、決して羽目を外し過ぎてはいけません。以前にも、他校と問題を起こした生徒もいました。えーもちろん、みなさんの中にそうした人がいるとは思いませんがー」
 
長く難しいお説教に耳を貸す生徒なんて、いないのに。行事前の注意と言うのは、どうしてあるんだろう。多分一生かかっても解けないだろう謎に、私は小さく首を傾げた。
 周りの友達はしおりを見ながら、小声で盛り上がっている。浮かれた雰囲気を感じながら、私は一人ぼんやり。振られる話題にも、適当な返事しか返せない。
 ――だって、今回の修学旅行は、多分私にとって一大イベントになるに違いなくて。大きくため息を吐きながら、出席番号の関係で少し前に立つその後ろ姿を、じっと見つめる。どうでも良さそうに話を聞き流しながら、あくびをして。大口を開けても綺麗なままってどういうことよ?内心ぶつくさ文句を呟けば、いきなり振り返る頭。
 目が合って、まず心臓が最初に動いて。逆に、全身がぴしりと固まってしまった。そんな私を見て、小首を傾げて口の端を吊り上げる。
「〜〜〜っ」
 ……
駄目かもしれない。こんな大きな男の人が可愛く見える、って。
 Yシャツのボタンが二、三個外されて、ちらりと見える胸元。がっしりしたその感触を思い出して、顔が熱くなった。
 俯く私の後頭部に、しばらく視線が突き刺さり。けれど、校長先生の話が終わって、静かに逸らされた。心臓の辺りにそっと手を置いて、もう一度、ため息。
 
こんなんで私、本当に出来るんだろうか。告白なんて――
 
校長先生の言葉じゃないけれど、三泊四日と言う、長くも短い時間。思い描いて、今から頭が痛くなった。

* * *

 あの日。無茶な約束をうっかりしてしまい、慌てる私に対し。
 「いやだって、期限つけねぇと瑞希、いつまでも告白しねぇだろ」と神奈。
 「いい加減、見てて焦れったいんだよねーっ」とさっちゃん。
 「私達も協力するから、そんなに難しくはないと思うわよ?」ときゆ。
 いやっ、だからっ、そういう問題じゃなくてっ!!ひたすらそう叫ぶ私に、きゆはニッコリ笑って。
「ふぐっ」
 
熱々のリゾットを乗せたスプーンを、私の口に突っ込んだ。当然、その熱さは半端じゃなく。水を飲もうと手を伸ばしたけれど。
「だーめ」
 
きゆに笑顔で奪い取られた。その間にも、ひりひりして、とにかく痛む私の舌。涙目できゆにお願いすると、彼女は非常に綺麗に微笑んだ。
「水、欲しい?」
「っ、っ、」
 
スプーンが突っ込まれて声が出せないので、必死で頷く。そうね、と髪を掻き上げながら、きゆは首を傾げ。
「じゃあ、するわね?告白」
「っ〜」
「しないの?」
「!!」
 
された質問に、一瞬固まってしまう。するときゆは、更にスプーンを突っ込んできて。軽く喉に圧迫を受け、慌てて頷いた。その途端、口からスプーンは引き抜かれ。
「っあづづづづ!!」
 
慌てて水を飲む私、お代わりを取りに行くさっちゃん。そして。
「これで修学旅行に楽しみが出来たわね」
 
優雅に微笑むきゆと。
「つーか今の、脅迫って言わねぇ?」
 
苦笑いする神奈が、残った。

* * * 

 ていうかよく考えなくても、あれって脅迫だよね、うん。とりあえず、きゆを敵には回さない!!と決心させられたよ。しみじみ頷きながら、ソファに深く座り直す。
 先生の話が終わったら、金属探知機を通らされた。今は搭乗一時間前。隣では、クラスの子数人がわいわいとババ抜きをしている。それをぼんやり見つめている、と
「、ひゃ、」
「何一人で頷いてんの、お前?」
 
おかしそうな声音と一緒に、引っ張られる髪の毛。ぐいっと後ろに強く引かれ、真上に顔を上げると。
「……っ山、元」
「やんねぇの?ババ抜き」
「や、山元こそ」
「隼人と飲み物買いに行ってる間に始まってたんだよ」
 
出来るだけ、意識しないよう。深呼吸を間に挟みながら、話す。名前を呼ぶだけで、気持ちが溢れそうになるから。
 ほら、と証明のように目の前でお茶のペットボトルを振られた。そのまま、私の座ってるソファの背もたれに肘をつき、ババ抜きを観戦している。
 ……てか、近いってば!!時々吐息が耳に当たってるんだよ!!
 それでも、側にいたいから。しばらく我慢したけれど、やっぱり耐え切れなくて。
「や、山元っ、」
「ん?」
 
視線がゆっくり、ババ抜きから私に移る。細められた山元の瞳に、私が映ってて。思わず、首を仰け反らせた。
「わ、私、あっち行くから。こ、ここ、座る?」
「……行くのか?」
「あ、う、うん、」
 
目を合わせないようにしながら、神奈達女バスの子達がいる方を指差す。山元は私の視線の先を追った後、確認するように問いかけた。俯きながら、必死で返事する、と。
「だぁめ」
「〜〜〜!?」
 
耳元でぼそり、と囁かれ。いきなり、肩に重みがかかる。慌ててそっちを見れば、な、なんで山元の腕が乗ってんの!?そのまま、顔の前で腕を組まれた。触れてはいないけれど、まるで抱き締めるような、閉じ込めるような格好。パニックになる私に気付いてないはずないのに。くつくつ笑いながら、頭に頬を擦りつけられる。
「っな、」
「ここにいろよ」
「やっ、その、」
「じゃなきゃ離さねぇ」
 
からかわれてる。そんなの、十分分かってる。だけどその甘い響きに、腰も砕けそうで。前だったら、セクハラ!!って殴ることすら出来たはずなのに、もう、どうしようもない。必死でぶんぶん首を上下に振ったら、すぐに腕は離れた。
 ……何か、ちょっと寂しい、なぁ。……って何考えてるの自分!!正気に戻れ!!
 首を大きく振り、顔の火照りを冷まそうと、深呼吸する。そんな私を、山元はおかしそうに見つめて、ただ、ふわりと笑う。
「っ」
 
やばい。告白云々の前に、山元に殺される可能性、考えなくちゃいけないかも。
 半ば本気で、そんなことを思ってしまった。

 搭乗時間になり、飛行機に乗ること二時間。気付けば眼下には海が広がり、そこかしこで撮影会が行われる。
「わ、すごいすごいっ」
「綺麗だね!!」
 
うちの高校の近くにも海はあるんだけど、やっぱり沖縄は違う。青い海は透き通っていて、ちらほら見える自然だらけの島。雲の上を通る感覚は、またたまらない。興奮するのも仕方ない。廊下側の座席の子も窓に近寄り、騒いでいる。時間を忘れて盛り上がる内に、着陸のアナウンスが入り、みんなわくわくした顔で席につき、シートベルトを締めた。
 私も、やっと胸がどきどきしてくる。
 始まるんだ。修学旅行。最初で最後の、みんなでの旅行。
 ここは目一杯楽しまなきゃ損!!と、一人拳を握りしめた。

 空港に着き、真っ赤な花が私達を迎えてくれる。歌にもよく出て来る、『でいごの花』って奴だ。同じ日本国内なのに、何だかやたらと空が青く見える。深呼吸をしながら、旅行用に買ったバッグのショルダーをぎゅっと握る。
大きい荷物は先に郵送したから、旅の間は身軽。
今にも跳ね回りたくて、ちょっとうずうず。
ぞろぞろとクラス順に歩き、バスに乗り込んだ、ところで。
「あれ?」
 
友達と話しながらバスに乗り込むと、何故か神奈の隣には田口くんがいる。事前の席決めでは、私だったんだけど。まぁ、うちのクラスは仲良いし、席決めの意味もあってないようなものだ。すでに何組も入れ替わってる。男女混合も珍しくないし、さて、どこに座ろうか、と思案しながら進んだら。
「、」
 ぐっ、といきなり手首を掴まれる。慌てて振り返ると、そこには。
「どこ行くんだよ」
「え、え、」
 
飛行機の中で寝てたせいか。若干不機嫌そうな山元が、いた。驚く私には構わず、黙って窓際にずれ、隣の席を示す。
 え。何であんたの隣が空いてんの。
「神奈に言われたんだよ。隼人と話あるから、お前と座れって」
 
神奈ーーーー!!
 内心絶叫する私を、ものともせず。後ろから人が入って来たので、「邪魔だから」とさっさと座らせてしまった。その内、バスは出発してしまい、移動も不可能。
 でも、さ。近い、近いって!!
 別に普通の座り方なんだけど、特別な距離でもないんだけど。触れあう腕にいちいち反応するのは、私がおかしいの?バッグからしおりを取り出し、ぱらぱら見ているその顔を見て、不満に思ってしまう。
 だけどいきなり、顔を上げた山元と視線が合って。
「、」
 
慌てて、私も手元のしおりに視線を落とす。そんな私に、彼はしばらくしてからため息を吐いた。どきん、と心臓が飛び上がる。
 でも。
「柳」
 
呼び掛ける声は、どこか甘くて。思わず顔を上げる私は、完全に馴らされてる。視界の中、太陽をバックに笑う、その綺麗な顔が映って。
 やばい。好きだ。そう思ってしまう――。
「……んぐ!?」
 
が。
 甘い笑みに釣られ、口をぽかんと開けた私。その中に入れられたものに、一気に顔を顰めた。
「っまず!!」
「ははっ」
 
何これ、何これ!?噛まないようにしても、口内一杯にひろがる、磯臭いまずさ。慌ててバッグからティッシュを取り出し、吐き出す。まだ舌に残る味を消したくて、お茶を飲みまくった。そんな私を、山元はお腹を抱えて笑って見ている。
「っくく」
「何なのこれっ!!」
「あっれ、恍、さっきの柳に食わせたの、もしかして」
「っ、そ、そうだよ。こいつ思った以上の反応して……ははっ」
 
むかついて怒鳴れば、後ろの席の男子が私達を覗き込む。目に涙を滲ませながら、笑って答える山元。その反応にますます鼻息荒くしながら、男子に詰め寄った。
「何、さっきのっ!!」
「ああ、店で売ってたの。あわびキャラメルって」
「何それ」
「誰かが持ってきたんだよ。トランプとかの罰ゲーム用にいいかー、って」
 
そんなもの、食べさせるな!!膨れる私に、山元はますます笑い転げて。やっと収まったのは、それから五分も後だった。
「柳」
「……」
「だから、悪ぃって。こっち向けよ」
「……」
 
さっきから謝ってくれてるけど、私は膨れっ面でそっぽ向いてる。
 ていうか謝罪の言葉だって、悪気全然感じないんですけど!!面白がってるの、分かってるんだから!!
 車内はバスガイドのお姉さんが美人だったお陰で盛り上がってるけど、私は違う。何で最南端への旅の始まりに、いきなり最北端のまずいもの食べなきゃいけないの。不条理だ。むっつりと黙りこむ私に、山元は苦笑した。
「お前が腹減ってそうな顔してたからさ」
「してませんっ!!」
 
人のことを、大食いみたいに言わないでよ!!
 あんまりな言い草に噛み付くと、にやりと歪むその顔。……あ。
「やっとこっち向いた」
「知らないっ」
 
目が合って、嬉しそうに目を細めるのは、卑怯だ。何だか、全部許したくなってしまう。でも、そう簡単に許したらまた調子乗って悪戯されそう。だから、もっともっと困らせてやりたい。なのに。
「柳」
「……」
「こっち見ろよ。つまんねぇだろ?」
「……」
 ――
やたらと甘い声で私を呼ぶのは、反則じゃないの。
 そんなことしたって無駄だ、と言えないのは惚れた弱み。高鳴ってしまう心臓も、全部全部、あなたのせい。
「柳。柳」
「……」
「柳。なぁ、柳。柳って」
「っるさ、」
 
色んなトーンで、何度も繰り返される名前。甘く、低く、掠れて、おかしそうに、切なげに。そのどれもが、私の心を惹きつける。これ以上聞いていたら、心臓パンクしちゃいそう。そう思って、振り返れば。
「むっ、」
「ほら、口直し」
 
口に突っ込まれる、甘い甘いチョコレート。さっきみたいに、変なのじゃないでしょうね?そう思って睨めば、苦笑された。
「今度のは、普通のだっつの」
「……お菓子なんて持って来たんだ」
「さっき飛行機で、ポーカー買ったから」
「賭けごとは駄目だよ」
「金は賭けてねぇって。美味い?」
「ん」
 
むっつりと頷けば、満足そうに笑い、座席に深く座る。余裕綽々なその態度に、私の機嫌は良くはならない。
 ……ふーんだ。山元にとっては、女子の機嫌なんて取るの、簡単なんだ。口を開けば、そんな嫉妬めいたことしか言えなさそうで。悔しいから、黙っていた。でも、山元が声を掛けて来る。
「柳」
「何?」
「チョコ。ついてる」
「、」
 
同時に、伸びて来る、大きな手。太い親指は、私の唇のすぐ横をなぞり。やがて、その指についた甘いものは。
「あっま」
「!!」
 
ぺろり、と山元の舌に舐め取られた。
「、な、な、な、」
「何」
 
今、だって、私の唇についたの、山元が、舐め……っ!!
 かぁっと顔を赤くして「な」を繰り返す私を、山元は変な顔で見て。だけどしばらくして、意地悪く微笑む。
「……ああ、そうか」
 
そして、手を伸ばし。さっきチョコがついていたという場所を、もう一度、撫で上げる。完全に固まってしまう、私。そんな私の目の前、爽やかな日差しが何よりも似合わない男は、微笑み。静かに唇を、なぞる。
「もうちょっと、こっちだったら。――柳の味、したかな」
「!!」
 
脳味噌、沸騰、する。瞬間的にたこみたく顔を赤くする私を見て、山元は、頬を緩めた。

 
その後、一日中そんな調子で進み。(どうでもいいけど、山元のたらしっぷりは異常だと思う)結局、ホテルに着いてご飯を食べたら、私は疲れ果てて眠ってしまった。

 修学旅行一日目、進展なし。




*作中のあわびキャラメルは実在しません(多分)


  

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