「叶わないなら好きでいたって、そんなの意味無いじゃん」
「……意味のない恋なんて無いよ。顔見れれば幸せだし、名前呼ばれれば泣きたいほど嬉しいよ。そういう気持ちを持てるだけで、意味があるって知ってるから」

そう言って穏やかに笑う彼女に、一瞬で恋に落ちた。


君が好き


 ああ、どうしてあんな女に惚れたんだろう。
 顔は中の中。性格はとろいし我が儘なとこあるし、頭は普通よりちょっと良いらしいけど運動なんて全然出来ない。
 
だけど何でか、俺は君が好きなんだ。
 俺はモテる方だけど、君は知り合ってすぐに『その顔、好みじゃない』なんて俺のプライド刺激してくれた。ナルシストのつもりは無いけど、その言葉には結構グサッと来た記憶が今でもある。
 ……まぁ別にいいんだけど。

 何の話だったっけ?そうだ、君の話だ。
 実際、本当に平凡なんだ。どこにでもいそうな女。
 黒髪はセミロングでちょっと傷んでるし、スカートは折ってる、頭の悪い発言もかます、馬鹿笑いはする。肌は結構白いかもしれないけど、爪なんて割れてるし眉毛、抜きすぎて薄いって。胸小さい割に腹とかには贅肉ついてるし、二の腕の肉揺れてるし。どう考えてもスタイルは良くないな、身長だって155くらいの平均値だったはず。
 飛び抜けていいとこなんてあるか?食べるのは妙に早いけど。
 
だけど、何でか可愛く見えるんだ。それこそ芸能人も目じゃないくらいに。
 満面の笑みとか、怒って背の高い俺を上目遣いで睨んだりする顔とか、本当に可愛くて。幼児体型だって気にならない、むしろ抱き心地良さそうだなって考えたり。授業中によだれ垂らして幸せそうに寝てるのは、誰にも見せたくない位愛しく思える。
 マシュマロみたいに柔らかそうな頬を、つついてみたい。
 小さい掌を、力のままギュって握ってみたい。
 リップ忘れて荒れた唇に、触れてみたい。
 マスカラなんてつけない短い睫に、唇を落としてみたい。

 性格も特別いいとこがある訳じゃないけど、何かすごいっていつも思わせられる。
 一緒に昼飯食べてると勝手におかず盗んだりするけど、美味しそうに食べてる姿で許してしまう。お願いを断ると拗ねて膨れるけど、飴とかあげるとすぐに機嫌直すよね。だけどたまに、宿題を見せてって頼むと妙に大人びた苦笑を見せる。友達をすごく大事にしてて、この間一緒に泣いて逆に慰められてたっけ。日向が好きで窓際の席になった時、目を細めてのんびり笑ってたな。何事も行動遅くて、よく友達に置いてかれて半泣きしてる。だからからかわれるって、気付いてないだろ?

 
君にあの日言われた、本当の恋って、きっとこんなものなんだろう。

 
顔を見てると元気になれて、呼ばれればどんな用事でも君ならすぐ飛んでくから。
 メールが来れば急いで返信するし、夜中に電話したいって一人で悶々と悩む。
 一日の始まりに思うのは昨日の君のこと、一日の終わりに思うのは明日の君のこと。
 君と話してると顔が熱くなって、勝手に口の端が緩んでくる。……自分が、わからなくなる。
 だけどそんなのも不愉快でも何でもなくて、逆に幸せだと感じてしまうから。

 ――だけど、君の嫌いなとこもあるんだ。
 
泣き虫なとこは嫌いじゃないけど、涙を見せないように一人でこっそり泣く意地っ張りなとこは嫌い。幸せそうな笑顔はずっと見てたいけど、辛そうに痛そうに泣く顔は見たくない。風邪の時の掠れた声も愛しく感じるけど、他の男と話す時の柔らかい声は耳に入れたくもない。
 
でも、一番嫌いなのは、アイツを好きな君。
 不器用なくせに、アイツのために徹夜でカップケーキ作ってた。俺と話してても、アイツが呼べばすぐにかけて行く。俺にアイツの話して、俺には見せない可愛くはにかんだ笑顔アイツに見せて、幸せだって言う。
 ……そのくせ、アイツと彼女の幸せを望んで、無理して笑って。
 アイツも馬鹿だ。こんな彼女がお前のこと想ってくれてるのに、彼女の親友を選ぶなんて。

* * *

 あの日、教室から出て行く二人を横目で見て、黄昏時の教室に入った。二人は幸せそうで、でも俺はそんなんどうでも良くて、忘れ物取ってさっさと帰りたくて。

 
そうしたら、君が泣いてた。
 
一人で、ただ、辛そうに。

 
その顔見たら何だか胸が苦しくなって、思わずその横に立った。
「……何?」
「……別に」
 
不思議そうに俺を見た後、彼女はポツリポツリと語り出した。
 アイツに親友が好きだから協力してくれって言われたこと、一緒の係になって二人を仲良くしたこと、そして今アイツが親友に告白して二人が付き合いだしたこと。そう話す彼女の顔は、悲しみと喜びが入り交じって、その顔に気付いてはいけないことに気付いてしまった。
「何でんなことしたの?」
「何でって……頼まれたし」
「だってお前アイツのこと好きなんだろ?」
「っ……!?」
「馬っ鹿みてぇ。好きなら嘘つくとかして奪っちゃえばいいじゃん?何でそんなめんどいことすんの」
 
その時の俺は何もわかってなくて、ただ思ったことをそのまま言うと彼女は一瞬驚き、眉を下げて困ったように笑った。
「……あんたは本当に人を好きになったこと無いんだね」
 
そう言った彼女にカチンと来た。確かに俺は軽いけど、でもみんなちゃんと好きだし、俺的にはそれがホントの好きだと思ったから。
「叶わないなら好きでいたって、そんなの意味無いじゃん」
 そう言うと、真っ直ぐに俺を見つめて、君は静かに首を振った。
「……意味のない恋なんて無いよ。顔見れれば幸せだし、名前呼ばれれば泣きたいほど嬉しいよ。そういう気持ちを持てるだけで、意味があるって知ってるから」
 
オレンジ色に照らされるその横顔は妙に綺麗で、多分。
 
そう言って穏やかに笑う彼女に、一瞬で恋に落ちた。

*  *  *

 あれからずっと、本当の恋について俺なりに考えてみたんだ。
 まだまだ幼稚で拙くて、手探りで探してる答えだけど、ちょっとずつ、君を思えば見えてくる。
 人を好きになるってことの本当の意味を。
 人を好きになるって、きっと自分を好きになることなんだ。自分を磨いて、相手を大切に出来ることなんだって。
 君を想う自分は昔と全然違って戸惑いも多いけど、決して嫌いじゃないし。そりゃあたまに情けないとか自己嫌悪で悩むこともあるけど、君の笑顔を見れば、それで全部吹っ飛んじゃう。君の気持ちを考えて、君の気持ちを思いやれる、そうやって誰かを考えられる自分が、成長したって思える。
 だから、そう思わせてくれた君にありがとうって伝えたい。きっと本当に言ったら変な顔をされるって分かってるけど。




全部が全部、普通の女。
どこにでもいそうな女。
だけど、俺からすればどこにもいない、誰よりも可愛くて素敵な女。
アイツのこと好きな君は嫌いだけど、そんな君はとても綺麗で強いから、やっぱり好きかもしれない。
でも、俺は我が儘だから、君には俺だけを見て欲しいんだ。
だからいつか、君が俺を好きだと言ってくれる日が来たのなら、一言言わせてもらいたい。

「俺のこと、好きって言う君が一番大好き」って。


  

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