3. 〜reunion〜


 あっという間に時は過ぎ去り、六月。土曜日の夜に同窓会開始ということで、金曜日の夜に実家へ帰って来て、三時過ぎに会場へ向かった。場所は同級生の経営している旅館で、昔から打ち上げなどいつもそこを使っていた。
 駅から歩き、入口で旅館を見上げる。あまり大きくないけれど、この辺りは旅館が少ないこともあって、結構繁盛しているらしい。久しぶりに来るけれど、いつ来ても何だか懐かしい感じがする宿で、私は結構好きだ。
「美哉、お疲れー」
「あ、ゆき」
 旅館から聞こえた声に振り返ると、半袖ボーダーブラウスにパンツスーツのゆきがいた。割ときっちりした格好なのは、幹事だからかな。シンプルなのにこんなに綺麗に見えるのは、モデルがいいからだけど。
 近くまで来ると、ゆきはまじまじと私の格好を見て、にんまり笑った。……え。
「変かな?」
「ううん、全然。美哉のこんな可愛い格好見るの久しぶりだな、って思っただけ」
「そ、そう?」
 可愛い格好、って言っても普通のワンピースなんだけど。
 随分前に通販で買ったけど、なかなか着れなかった半袖ワンピ。パフスリープで、胸元と裾はレースで飾られている。ドレープの入ったスカートで、色はピンクベージュ。一枚で着るには甘すぎるので、足元に七分丈のリボン付きレギンスと、胸下で白ベルトを締めた。靴は黒のパンプス。髪型は、服に悩んでいたら時間が無かったのでシュシュで耳の下で一つに纏めた。
 ……確かに、こういう格好したの久々かも。仕事柄、GパンやジャージにTシャツが一番多いので、私服を選んでても、自然とそういったものにしてしまう。スカートなんて久々に履いたような。ヒールのある靴も一人暮らしの家にはないし、化粧も最近は眉を整えて下地をつけるくらいだったから、今日は久々にラインやらマスカラやらをやって苦労した。
 もうちょっと、女性として苦労した方がいいかもしれない。内心、焦りを覚えているとゆきが私の腕を引っ張った。
「さ、早くおいで。もう結構いるよ?」
「え?だって五時からでしょ?」
「みんな色々積もる話もあるからね。あたしは受付やってるから、美哉は中で話しててよ。クラスの子もいるし」
 受付を手伝おうか、と言うとゆきは大丈夫、と首を振った。素直に従い、名前を記帳に書いて奥へ進む。襖を開けると、大きな部屋にいくつもの大机。一人一膳かと思ったけど、確かにこの方が色んな人と話せるだろう。きょろきょろと知り合いを探して視線を動かす。
「あれ、美哉!?」
「え?」
「あ、美哉だー!」
 振り返ると、三年の時のクラスメイトが固まってわいわい話していた。懐かしい面子に顔が綻び、走りよる。
「久々!元気だった?」
「うんっ。美哉は……相変わらず元気そうだね」
「何それー」
 膨れると、頭を撫でられる。懐かしくて、また頬が緩んだ。
 やっぱり、来てよかったな、って思う。久々に友達に会えるのは嬉しい。待っていると、次々と懐かしい顔ぶれが現れて、その度会話が賑やかに、楽しくなっていく。
 ――そうしている内に、時間は五時を過ぎて、とうとう同窓会は始まった。

* * *

「美哉ー、どうよー飲んでるー?」
「久しぶり、吉倉さん。今日は来てくれてありがとな」
 話し過ぎて熱くなり、一旦トイレに行って戻って来た。机についてすぐ、幹事の二人に声を掛けられる。
 開始一時間経っていないのに、すでに軽く酔っているゆきと、草食会長・大塚くん。意外なことに、ゆきはあまりお酒に強くなくて、大塚くんはザルなのだ。いくつかの机を回り、すでに何杯もビールを煽ったはずなのに、全く表情に出ていない。
 柔らかい笑顔で、眼鏡の奥の瞳を緩ませて。身長はそこまで低くないんだけど、体つきが割と薄いからどうしても小さく見えてしまう。だけどそのおかげで、男子があまり得意じゃない私でも大塚くんとは普通に話すことが出来る。
 二人ににっこり微笑んで、私は頷いた。
「楽しんでるよ。こちらこそ、企画ありがとう。幹事大変だったでしょう、お疲れ様」
「いやいや、そう言ってもらえると頑張った甲斐があるよ。吉倉さんは今、保育士やってるんだっけ?」
「うん、そう。毎日大変だけど楽しいよ」
「そっか、でもなんかイメージぴったりだな。俺ももし子供が出来たら吉倉のいる保育園に預けたいな」
「あら。ぜひお願いします」
 冗談めかして返すと、大塚くんはにっこり笑う。そして机のグラスを取ると、それに水を注いでゆきに渡した。
「ほら、川崎飲めよ。気持ち悪かったら、休んでていいから」
「うー、……大塚の癖に生意気っ」
「癖にって……て、え、ちょ!?」
「え、ゆき!?」
 頭を押さえていたゆきは大塚くんの言葉に顔を上げると、彼の背中を取ってその首を締めあげた。慌ててゆきの腕を掴むと、今度は私に抱き付いて来る。……これはもしや、かなり酔っている?
「お、大塚くん、大丈夫?」
「げほっ、……うん、何とか。にしても、酒癖悪いな、こいつ」
「……それは否定しない」
 私の言葉を聞いて、ゆきは何よー、と私の腕の中で文句を言う。その背中をぽんぽんと撫でてあげると、甘えるように身を寄せてきた。子供みたいで、笑ってしまう。
 私とゆきを見ながらグラスにビールを注ごうとした大塚くんを慌てて止めて、瓶を受け取った。
「大塚くん、私注ぐよ」
「え?いいよ、川崎の世話大変だろ?」
「ううん、大丈夫。そんな体重掛かってないし。それにゆき、すぐ酔っぱらうけど抜けるのも早いから。ゆき、大丈夫だよね?」
「……うん、平気。トイレ行ってくるー」
 私の言葉に頷き、ふらふらと歩いていくゆき。多分、トイレから戻って来た頃にはお酒も抜けているだろう。
 じゃあお願いしようかな、と笑う大塚くんのグラスにビールを注ぐ。泡が少なめになってしまったけど、大塚くんは美味しいよ、と笑ってくれた。
「吉倉さんに注いでもらったから、最高に美味しい」
「ええ?ありがとう。なんか、そういうの言われたの初めて」
「まじで?」
「うん。短大も今も、あまり男性が近くにいないからなぁ」
「じゃあ吉倉さん、彼氏いないの?」
「うん、いないよ。忙しくて興味がないっていうのも、あるし」
 話の流れにまずいな、と思って慌てて言葉を添えた。
 最後にいたのはいつ、なんて質問されたらまともに返せる気がしない。特にアルコールが入っている今は、自分がどんな返しをするのか、怖い。
「大塚くんこそ、彼女いるんでしょう?」
「うーん、残念ながらいないんだよね。俺も今は忙しいからなぁ」
 質問返しと言う卑怯な手段で話を逸らす私に、大塚くんは普通に返事をする。疑問に思っていないような態度に、ほっと一息吐いた。

 大塚くんの仕事について話を聞いていたら、入口の方が、ざわついた。
「……?」
 さっきまでも十分騒がしかったけど、今度は何だか違う。悲鳴とかも聞こえてくるし、集団が出来ている。誰か来たんだろうか。私のいるテーブルは、入口から一番離れた場所だからいまいち状況が掴めない。
「どうしたんだろうね。ちょっと、見てくる」
「あ、うん。行ってらっしゃい」
 首を捻りながら歩いていく大塚くんを見送って、私はグラスに残ったビールを飲む。独特の苦みを舌で転がして、ぼんやりと空を見つめた。
 ……そういえば、ゆき、遅いなぁ。もしかして途中で寝ちゃった?多分、それはないと思うんだけど。でも心配だから、迎えに行こうかな。そう思って、立ち上がる。
「……っ」

 その時。あり得ないものを、見た。

(嘘)
 口の中で小さく零した言葉は、音にはならなかった。周りのざわめきも何もかも、私の耳には入らない。
 入口の集団、その真ん中。頭一つ飛びぬけて高いひと。それは。

「うっそ、洒井くんじゃん……!」
「今日来ないって誰か言ってなかった!?」
「やっば、相変わらず格好いい……」
 私の机のみんなも気付いたみたいで、ひそひそと囁きが交わされる。私は呆然と、何メートルも先の彼を見つめていた。
 三か月前に、玲子先生に見せられた雑誌と同じ。高い鼻も、鋭い切れ長の瞳も、一文字に引き結ばれた唇も、全部全部、完璧なバランスで並んでいる。引きしまった筋肉質な身体を包むのは、チャコールグレイの七分袖シャツに、ストレートジーンズ。シンプルで、彼によく似会っている。雑誌の時よりは大分髪が伸びている。目元にかかった髪を、うっとおしそうに振り払うその仕草に、不意に、過去を、思いだして。


『美哉、来いよ』

 恥ずかしくて近づけない私に、無表情を、困ったような笑いに変えた。
 低いその声は、私の名前を呼ぶ時、少しだけ甘さを増す。
 差し出される手を握り締めると、ぎゅ、と抱きしめてくれた。
 長い腕、広い胸、がっちりした肩、自分にない何もかもが愛おしくて。
 いつも熱くて、ごつごつしている大きな手。だけど、とっても優しくて、どこか不器用な。
 彼そのものの手に頬を撫でられ、髪を撫でられ、上を向かされて、口付けられる。

『……美哉。可愛い』

 ――好きだった。
 誰よりも、何よりも、あなたが大切で、大好きで。
 私は心全てあなたに預けて、夢中になった。

 それが全て偽りなどとは、知らないで。 


 膝が、震える。膝だけじゃない。身体中が震えて、怖くて、一歩後ずさった、その時。
「、」
 私を射抜いたのは、他でもない、彼の瞳。色素が濃くて真っ黒に近い彼の瞳は、私を見ていた。その瞳に映る色は、何だろう。何だっていい。見たくない。もう、何も知りたくない。
 もう、いいでしょう。もう、忘れさせてよ。――寛人。


 

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