In school days 〜photograph〜 2


 じっと洒井くんの様子を窺う。相変わらず無表情で、どこか不機嫌そうで。けれどもその瞳に映っているのは、よくよく見れば――心配そうな、気遣うような色がそこには浮かんでいた。
「……っ」
 周りの喧騒も耳に入らない。ただ目の前の人の瞳に私がいること、それが信じられなくて、だけどもう、どうしようもない程嬉しくて。今この瞬間、私に対する感情を映すそれに、目眩がしそう。
 もう、どうすればいいの。こんな喜びを与えられてしまったら、欲がないと言った言葉が、嘘となってしまいそうで。すれ違うあなたに、寂しさを覚えてしまいそうで、非常に困る。
 だけどしばらくすると、その真っ直ぐな視線に恥ずかしくなって、俯く。そして躊躇いながらも、口を開いた。
「あの、洒井くん、あのね」
「何」
 ぼそぼそと言う私の声が聞き取り辛いせいなのか、洒井くんの返事はぶっきらぼうだった。それに怖くなるけれど、ここで引っ込めたらいけない気がするから。ぐっと拳を握りしめて、私は彼の目を見据える。そして事の真相を、叫んだ。
「さ、さっきの人は、違うの!私が携帯落としたから、拾ってくれただけなの!」
 口から出たのが思った以上に大きな声で恥ずかしくなったけれど、洒井くんのきょとんとした顔に目を奪われて、それどころじゃなかった。切れ長の瞳が真ん丸になり、私を見つめている。それにまた顔が熱くなるのを感じつつ、手をばたばたさせながら説明を続けた。
「ど、どこ見てたか分からないんだけどっ、本当に、ただ携帯受け取って、丁度お別れするところだったの。頭撫でられたりしたけど、それも特に意味はないみたいだし」
 言いながら、すごく言い訳をしている気分になった。だけど他にどう言っていいか分からなかったし、これも一応、ちゃんとした事実だから。
 それにこれ以上話を続けるのは、洒井くんに申し訳ない。映画村に一人で来た訳じゃないだろうし、友達のところに帰ってもらった方がいいだろう。私が一緒にいたいからと言って、それを彼にまで強制することは出来ない。分かっている、けれど。
 大きく息を吸い込み、彼の名前を呼んだ。
「洒井くん」
 私の言葉に反応して、ゆっくりと視線を合わせる。少し開いた口、丸い瞳。いつもの彼らしくなくて、でもとても可愛くて。胸がぎゅっと締めつけられるような愛しさを感じながら、私は一生懸命微笑んだ。
「あのね」

 洒井くんがここに来てくれた理由は、ただ単に同じ学校の女子が絡まれているから、ということなんだと思う。もしかしたら、ホテルなどで大騒動になるのが嫌だっただけかもしれない。少なくとも、私と言う個人のためにここに来てくれたとは思えない。今の今まで名前が呼ばれたことはないし、昨年同じクラスだったけれど、そこまで接点がない相手を普通覚えていないだろう。
 ……それでも私は、その優しさに惚れ直しそうな程、嬉しかった。

 来てくれて。
 怒ってくれて。
 私のために、あなたの感情をくれて。

 心配かけてごめんなさい、という気持ちと。
 何よりも私が、あなたに伝えたいのは――。


「ありが」
「おーーーーい寛人ー!おっまえいきなり消えてどこ行ってんだよーって寛人が女連れてる!?」
 ……。
「え!?……ってまじかおい寛人ーお前なんだよおいー」
 …………。
「せめて一言言ってから行けよー、心配したんだぜー。って心配不要だったかぁ?んん?……っぐお!」
「うるさい」
「ちょ、おま、グーパンはないだろ!せめて平手だろ!」
 大きな声で洒井くんの名前を呼びながら現れた男子は、私の台詞をうっちゃり、この場を乗っ取り、そのまま猛烈な勢いで話し始めてしまった。思わず呆然とする私に反し、一気に話した後はにやにや笑いで洒井くんに近付く。殴られたものの、その口はまわり続けていた。
 名前は分からないけれど見た覚えがあるし、洒井くんの名前も呼んでいたし。衣装も洒井くんと同じ新撰組ということを踏まえれば、確実に彼のクラスメイトなのだと思う。親しげな様子からすると、サッカー部なのかな、多分。
 尚叫び続ける男子とどことなく不機嫌そうな洒井くんの様子をただ見つめていたら、急に男子が振り返って私を見た。一瞬びくりと身体を揺らすけれど、男子は気にした様子もなくにっこり笑う。
「こんちは」
「あ、えと、……こんにちは」
 人懐こいその笑みに毒気が抜かれたような気がしたけれど、やっぱり緊張は抜けない。悪い人じゃないというのは分かるけれど、饒舌な人はあまり得意じゃない。自分が面白いことを話せる訳じゃないから、一生懸命話してくれる相手に対して、申し訳なさが先に来てしまう。
 今も、きらきらした目でこちらを見てくる男子の視線に耐え切れず、視線を逸らそうとした時。
「近い」
「ったあ!」
 洒井くんが男子の頭を殴った。割と痛そうな音がしたので心配だったんだけど、すぐに振り返って洒井くんにまた怒っている。二つの意味で、ほっとした。
 同時に。洒井くん、もしかして私が困っているのに気付いて意識を逸らしてくれたのかな、なんて。余りに自分に都合の良い妄想が浮かんで来て、苦笑してしまった。
「なんだよ寛人ー!そんな態度でいると、いいもん貸してやんないからな!」
「お前のいいもんなんて、碌なもんじゃない」
「ちょ、お前話くらい聞けよ!」
 その間も、男子二人の会話は白熱している。
 ハイテンションな男の子と違って、淡々としている洒井くん。でも二人話している姿はとても仲が良さそうで、羨ましい。遠慮のない物言いも全て、仲が良いから故なんだと思う。あのポジションにいきたい、なんて。夢のまた夢なんだろうけれど、本気で思ってしまった。
 洒井くんに色んな感情をぶつけられて、こちらも感情をぶつけて。いちいち彼の反応を気にしないで、側にいられる。本当に、羨ましい。
 ぼんやりと物思いに耽る私を置いて、二人で話しこんだ挙句、男子は近くにいたカップルを呼びとめて携帯を渡した。そして、何故か。
「じゃあ、写真撮ろうぜ!」
「……へ?」
「……」
 満面の笑みでこちらに来て、私の隣に立つ。更にその横に洒井くんが立った。カップルは私達の前に立ち、携帯を構えている。
 ……多分、写真を撮るんだろう。けれど何故、この三人で写真?私がいるの、間違いなくおかしいと思うんだけど。
 けれど、その疑問を告げる間もなく。「はいチーズ」の声と共にシャッターは切られ、写真撮影はあっという間に終わってしまった――。

「よっし、ちゃんと撮れてる!じゃあ吉倉さん、またねー!」
「え、あ、はぁ」
 カップルから携帯を受け取り、お礼を言って。満足げに笑った男子は洒井くんを引っ張り、歩き出してしまった。それを呆然と見守る私、何も言わずついて行く洒井くん。二つに並んだ背中の誠の文字を見ながら、私はしばしその場に立ち竦んでいた。
 けれど、しばらくして。
「っあ……!」
 ――結局洒井くんに、お礼を言っていなかったことを思い出す。
 何と言う恩知らずだろう。後半はついつい男の子のペースに巻き込まれてしまったものの、その前に言っておけば問題なかった訳で。
 今から追いかけようかと思ったけれど、もう姿は見えない。それにこれ以上一人でふらふらするのも、危ないだろう。そう思った途端、ポケットに入れていた携帯が震えて、確認するとゆきから現在地を尋ねるメールだった。それを見て、慌てて待ち合わせ場所の喫茶店に向かい走る。
 お礼は今度、校内で会った時にでも言えばいい。……言える勇気が自分にあるかどうかは、置いておいて。
 それにしたって、今日の洒井くんは素敵だった。願わくばあの三人で撮った写真が欲しいけれど、それは素直に諦めよう。今日のことをしっかり記憶に残すべく決意を固めながら、通り過ぎる人ごみを上手く抜けて、走っていく。
(そう言えば)
 だけど胸にふと浮かんだ疑問が、私の足を少しだけ、遅くした。
(あの男の子、何で私の名前を知っていたんだろう?)
 接点なんて、全くないはずなのに。
 ……だけどまぁ、そんなこともたまにはあるか、と思って。私はもう一度、足を速めた。

* * *

「寛人がいきなり消えた時はびびったけどさー、吉倉さん見つけたんじゃ仕方ないよなー。何の話した訳?」
 歩きながら、ずっと口を休めない友達。仲が良いというのは、こういう時面倒だ。これ位で俺がキレないのを知っているから、うっとおしいほど絡んでくる。それに俺がキレたところで、諦めの悪いこいつは気にせず絡んでくるのだろう。いちいち答えてやる義務もないということで、俺は無視してさっさと歩き続けた。
 ――それでも脳裏を過ぎるのは、さっきまで側にいた、吉倉の姿。
 久しぶりに至近距離で見る彼女は、小さくて細くて、それ以上に、可愛らしくて。おずおずとこちらを窺う様子に、心臓が締め付けられるような気がした。
 けれどその直前、男に触れられても無防備だった彼女を思い出し、ついきつい口調で当たってしまった。
 今思い出しても、腹が立つ。そういう意味などないと吉倉は言っていたけれど、男が何の下心もなく初対面の女に触れる訳が無い。例え下心など無くとも、俺ですら触れられない彼女になんの臆面もなく触れるなんて、許せなくて。
 土産物屋で顔を上げた時たまたま見つけたその光景に、俺は何も考えずに、その二人の元へと走りだしていた。
「……」
 だけど、いつまでも苛立ちを腹の中で燻ぶらせていても仕方ない。ため息で何とかそれを押さえて、未だ騒ぎ続ける友達の手から携帯を奪った。
「え、ちょ、何なん!?」
「すぐ済む」
 データフォルダを開けば、すぐに先程の写真が出てくる。
 新撰組の衣装を着ている俺と友達、その隣には吉倉の姿。戸惑ったような顔のまま、所在なさげに立ち尽くしている。その顔は頼りなくて、ひどく庇護欲をそそられる。
 顔がにやけそうになるのを押さえながら、その画像を俺の携帯にメール送信して、友達のデータフォルダからは写真を消した。
「っておい!何勝手に消してんだよ!」
「黙れ」
 身長が俺より十センチ程低い友達は、俺の手元をジャンプしながら見て文句を零した。けれどもう、それは聞かない。大体において、初対面から吉倉に対して妙に馴れ馴れしい、こいつが悪い。
 携帯を放り投げるように返して、また歩を進めた。

 真ん中の人物はいらないが、それでも初めて手に入れた吉倉の写真だ。若干浮かれる心には、誰も文句は言えないだろう。
(あと、一年と少し)
 彼女に堂々と俺の思いを告げられるまでの期間は、まだそれだけある。それでも俺は、その時を待ち焦がれ、じっと我慢する。
 吉倉以外など目に入らない程に。そのはにかんだ笑顔を見ただけで、呼吸が止まりそうな程に。
 好きで好きで、たまらない。

 そんな俺の気持ちは、俺にすらセーブすることが出来ないのだから。
 ただひたすらに彼女を想い、焦がれ、息苦しくなるこの気持ちを、これからも持て余していくことを。
 ――我慢していくしか、ないのだろうな。

「……」
 ふ、と零れたため息はひどく重たかったけれど。
 それは、彼女の瞳に映った俺を思い出すだけで、小さな笑みに変わった。





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 文章大荒れで申し訳ないです……!(土下座)
 そして非常にお待たせしてしまい……。申し訳なさ倍増orz
 今回は二人の修学旅行編です。初体験編をお楽しみにしてくださった方もいるかと思いますが、先にそれを書いてしまうと、両片思い時代が書けなくなってしまう気がして;;
 そしてこの頃から寛人はナチュラルストーカーなのか、と鼻で笑ってやってください←
 それでは読んでいただきありがとうございました。




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