染めたことがないという、黒髪。
真っ直ぐに見てくる、少し眠たそうな瞳。
女子の中では高めの身長、白い肌、怒ればすぐに手が出るけれどそれは俺にとっては猫がじゃれてる位のもので。
ローテンションで無表情で、けど素直で面白くて、意外と照れ屋で純情で、笑うととにかく可愛い。

――そんな彼女に、毎日俺は、のめり込んでいく。


After Xmas


 一月、寒さが厳しい今日このごろ。
 イギリスの冬は、日本より寒いとよく言われている。イギリス人の祖母を持つ俺は、よく知り合いに「じゃあ寒いの大丈夫なの?」と聞かれるけれどそれはない。夏など親戚に会いに行ったりはするが、基本的に俺は日本生まれの日本育ち。寒さには滅法弱い。一年前越してきた一人暮らしの家は、わざわざ床暖房がついているところを選んだ。けれどそれは、結果的に良かったのだと思う。

「聖」
「ん?あ、ありがと」
 
ベッドに背を預け、雑誌を読んでいた彼女。寒さが嫌いな聖は、いつもタオルケットを被り、カーペットの上で膝を抱える。猫のような彼女の目の前に、カップを置いた。中身はロイヤルミルクティー。聖お気に入りの一品であるそれは、毎回出すけれどいつだって可愛い反応を返してくれる。
「ふぁ〜、美味しいねぇ」
 
両手でカップを持ち、湯気の立つそれに息を吹きかけ、ゆっくり飲む。猫舌の彼女らしい動き。そして顔を上げれば、頬をピンクに染めて目を細めて。あどけない様子が、たまらない。あまりにやつけば怒られてしまうから、誤魔化すために俺も一口含んだ。
「宮崎、これ淹れるの上手だよね」
「そうか?自分ではあんまり思わないけど」
「あたしも家で試したんだけど、いまいちでさ。やっぱり宮崎のが一番」
 
少しだけ笑いながら、聖はまたカップに口を付けた。こくり、と動く喉に反応してしまう自分に苦笑する。一緒にいる時は、いつもこうだ。聖の一挙一動を見逃さないように目を凝らし、そしていちいちドキリとさせられる。どうしようもない。でも、七年越しの恋心がやっと実ったのだ。多少浮かれても罰は当たらないと思う。

 「沢島」彼女をそう呼んでいたのは、つい最近までのこと。
 高一の時に出会い、彼女に恋をした。ずっと俺のものしたい、そう考えていたけれど友達の関係を壊す程、俺には勇気がなくて。卒業時、ようやく一念発起した。最終的にそれは残念な結果に終わり、俺は聖を諦めようと誓うことになる。
 それから四年間。ふられたんだし、いい加減踏ん切りつけなくちゃな、とも思った。けれど、辛いことがあった時思い出すのは彼女の笑顔で、言葉なのだ。告白されたところで、俺は無意識の内に「好きな子がいる」と口走っていたし。いつか時間が忘れさせてくれるのを待とう、そう決意した時。
 彼女が店に現れて、最初は俺の幻覚だと思った。そして本物だと分かった時は、……今度こそ、彼女を手に入れる、そう決めた。一度はふられたんだし、相手がいるかもしれない。それでも、俺には聖しかいなかったから。しつこいと怒られ、嫌われるまで粘ろうと考えた。
 けれど現実は、なんと彼女も俺を想っていてくれたと言う。奇跡みたいな言葉をもらい、夢のような日々は未だ、側にある。四年間、会わなくても冷めることのなかった気持ちは今、暴走するばかり。聖を壊さないように自分をセーブしながら、幸せを噛み締める毎日。こんなの、実在すると思わなかった、なんて自分でも半信半疑だ。

「宮崎?」
「え?」
 
ふと、名前を呼ばれ。はっとすれば、目の前に彼女がいた。心配げに顔を歪めながら、俺の顔を覗き込む。
 聖は普段コンタクトだが、家では眼鏡で過ごしているらしい。そして、彼女は俺の家に来る時も眼鏡だ。「二人だけだからいいかなって」と笑っていたが。俺としては、近しい人間だと認められているようで、すごく嬉しい。
 眼鏡越しの真っ直ぐな視線に、ついつい見惚れた。
「大丈夫?ぼーっとしてたよね?」
「あ、ああ、ごめん。大丈夫だよ」
「……もしかして疲れてる?あたし、帰ろうか」
 
彼女の言葉に、ぎょっと目を丸くする。横に置いてあったコートを手にとって……、ちょっと待った!!
「聖、大丈夫だって」
「でも。あたしは毎日ごろごろしてるだけだけど、宮崎は仕事してる訳だし。折角の休日にあたしといたら疲れちゃうかな、って」
「そんなの。聖といない方が気疲れする。お前と会うと、落ち着くし、楽しいよ」

 それに今は聖が大学生で俺に予定を合わせて会ってくれるが、社会人になったらそうもいかないだろう。だからその前にたくさん会っておきたい。俺の言葉に、聖は顔を少し赤くした。
「そ、そう、なの?」
「ああ。本当は毎日でも一緒にいたい位だから。気なんか遣うなよ」

 言いながら、テーブルの上にある彼女の手を握った。びくりと身を竦めるその反応が、小動物のようで可愛い。笑いを零せば睨まれて、それにもテンションが上がってしまう。
 そう。側にいれなかった四年間を思えば、こうやって彼女が家にいることは、俺にとって奇跡みたいなんだ。

「……何で」
「ん?」
「何で、宮崎は、あたしなの?」
 
しばらく黙り込んだ聖が、ぽつりと零す。普段はきはきしゃべるこいつが言い辛そうな反応。首を傾げて促せば、目を逸らして、そんなことを言いだした。
「それは、俺が聖を好きな理由、ってこと?」
「……そんな感じ」
「そうだなあ」
 
俯く彼女の、背中から腕を回して抱き締める。「肉がっ脂肪がっ」なんて叫ぶ聖を無視して、腰の辺りでぎゅっと力を込めた。正直、健康に差し障るレベルでなければ多少ふくよかでも良いと思う。聖は一般的に見て普通か少し細い位だし、これ位の方が触れてて気持ちいい。そのまま膝の上に抱き上げて、ムッとしているだろうその頬に口付けた。真っ赤な頬が可愛くて可愛くて、顔が緩む。頭からかぶりついて食べてしまいたい衝動に駆られるけれど、生憎俺は肉食動物ではない。ただじっと、愛しい温もりに頬を擦り寄せた。
「んー、何処が好きかって言われたら全部だよ」
「何それ」
「本気で。一個一個あげろって言われたら一日以上かかるけど。する?」
「い、いいっ」
 
小さな頭に顎を乗っけて話す。ぶんぶん首を振られたせいで、ずり落ちてしまったけれど。もう一回、めげずに乗せれば、またしばらく彼女は黙って。しばらくして、口を開いた。
「じゃ、あ」
「ん」
「きっかけは?」
 
聖を意識したきっかけ、か。
「一目ぼれ?」
「はぁ?」

 疑問符付きで答えれば、彼女は身を捩らせ俺を見上げた。怪訝そうに寄せられる眉も、可愛くて困る。調子に乗っている自分を落ちつけさせようと、聖の髪に指を通す。さらさらなそれは、個人的にお気に入りだ。彼女にとっても、されて嬉しい仕草のようで、目を閉じて俺の肩に頭を預けた。猫みたいな仕草に喉で笑ってしまう。
「――聖が、初めてだったんだ」
「、」
 身を乗り出し、耳に息を吹き込むように話せば、固まる身体。宥めるように背を撫でれば、恐る恐る、といった感じで俺の身体に震える腕が回された。彼女が受け入れてくれたことが嬉しくて、腕に力を込める。
「俺ガタイこんなだったから、中学までとかお菓子作り趣味とか言うと引かれたんだ。自分でも、結構隠したりしてたし」
「……想像つかない」
「だろうな」

 驚いたように呟かれ、苦笑した。
 高校時代は文化祭の準備とかでお菓子差し入れてたし、夢を堂々と語ってたし。自分の夢をコンプレックスに感じるようなことなかった。
 それが出来たのは。
「聖が、いてくれたから」
「え?」
 
小さな声で呟いたから、届かなかったみたいだ。
 でも、それでいい。俺ばかり彼女に依存するように縋っていることは、知られるのは少し、恥ずかしい。
「男友達と話合わせるために、バスケ部入ってたしな。でもそうすると、休日とか全然お菓子作ってる暇ないし。高校では悩んだけど、調理部に見学行ったんだ。……そこで、お前に会ったんだよな」

* * *

 普通の公立高校の調理部だったから、専門性はないのは分かっていた。お菓子作りが好きな人に囲まれて、楽しんで作れれば、俺はそれで良かったから。けれど行ってみれば先輩たちは俺に萎縮し、女子しかいない空間。居心地の悪さに、悩んでいた時。
『すみませーん』
 
入って来たのは、まだ綺麗な制服に、幼い顔立ちの女の子。上履きの色を見て、同級生だと判断してとりあえず笑いかけてみた。
『こんにちは。一年生?』
『……に、日本語しゃべってる……』
『は?』
 
その返しに俺は目を丸くした。
 確かに、日本人ぽい見た目ではないかもしれない。しかし、これ位の茶髪なら少なくないし、面と向かってそんな反応を返されたことは流石になかった。まるで、宇宙人と遭遇してしまったかのような言葉。挙句の果てに、「しまった!」というように目を丸くして、口を手で覆って。あまりに素直な反応に、俺は。
『ぶ……っ』
 
噴き出して、しまった。
 元々、笑い上戸の気がある、俺。思い出せば下らないことでも、ついつい笑ってしまうこともある。その時もそんな感じで、一回ツボに入ったら止まらず。しまいには、彼女の顔を見て腹を抱えてしまった。
 初対面の女の子になんて失礼なことを、という気持ちはあった。それでも、笑いというものは止まってくれない。しばし、静かな調理室に無言の時が流れ。
『ははっ、あははははぁっ!?』
『笑いすぎだろっ』

 息も出来ない程笑い転げる俺の背中は、蹴り飛ばされた。中途半端に途切れた、自分の笑い声と、崩れる身体と。床に崩れ落ちて顔を上げると、女の子は仁王立ちになって俺を睨んでいた。
 ……今、蹴ったの、この子、だよな?
 瞬きする俺に、彼女はつんと顎を上げて。
『人のこと笑ったんだから、お金くらい出してよ』
『え、あ、ごめん。ちょっとツボ入っちゃって』
『ちょっとじゃない』
 
しまいには、手を出してくる始末。ぱっと見、大人しそうに見えるのに中身は強かなようだ。そのギャップに呆然としていると、鋭い突っ込み。さばさばした物言いと、人の目を見て話す態度はまず悪い印象は抱かない。初対面とは思えない態度だが、それはこちらもだ。俺的には何の不満もなかった。
 だから笑って立ち上がり、手を出した。

『何』
『仲直りの握手。で、手を打とう?』
『……今時小学生でも使わない手だけど。ま、それでいいや』
 
思った通り、爆発するが基本的に怒りは持続しないタイプのようだ。素直に頷き、触れた手。ひどく熱いと思ったら、それは自分の温度だった。不思議で首を傾げるが、今なら分かる。
 俺は多分、初めて話したあの瞬間から――。

* * *

「お前、俺の見た目見て褒めたりもしなかったし。むしろ俺の見た目にも調理部にいることに関してもノーコメントだったろ?」
「や、王子様みたいだなぁとは思ったよ」
「……そうか」

 言われ慣れた言葉だけど、聖に言われると改めて恥ずかしい。しかし同時に、嬉しいような気もする。複雑だ。とりあえず、顔を見られないように聖を固定しておいた。 
「で、そん時にこいつの前なら多分、自分隠したりしなくていいんじゃないか、って思ったんだ」
 笑い上戸な俺の性格を初対面でいきなり見て、笑われて。それでも握手一つで許してくれた人。気がいいと言うか男前と言うか。とりあえず、友達としては付き合いやすいだろう、と思った。同時に、彼女の真っ直ぐな瞳の前で自分を偽ることは、きっと下らないだろう、と。聡そうな女の子は、下手に自分の本音を隠したところで、きっと暴かれてしまう。だからこそ、彼女の前で嘘は吐きたくなくて。
「調理部に入って仲良くなって、伯父さんの話しただろ。あれ話したの、お前が初めてなんだからな」
「そうなの?」
「ああ。あんな風に馬鹿にしないで話聞いて、応援してくれて、さ」

 子供の頃からの夢を、ずっと持っていること。しかもそれが『パティシエになって人を幸せにすること』なんて自分でも女子みたいだ、と思わなくはない。実際小さい頃それを話して馬鹿にされたことで、若干トラウマになったりしてたし。でもそれを、目の前の彼女は笑わなかった。『いい夢だね』『頑張れ』そう言ってくれた。
 あまつさえ。
『小さい頃から夢持ってて、実現するために頑張っててさ。格好いいじゃん、宮崎』

 柔らかい視線と笑顔で、そんなことを言われてしまった。
 ずっと言われたかった言葉を、あっさりくれた人。世間の評価なんて気にしない、他人の価値観で物事を図られるなんて最低だ、と言ってしまう彼女。

 高校時代、同じ部活で年上の男性と付き合っている子がいた。それが援助交際してる、なんて噂になっていた時。昼休み、聖に教科書を借りに行ったら。

『何すんのよっ!!』
『くっだらない』
『何が、』
『くっだらない噂話に振り回されて、それに泣いてる人を傷付けるのが、そんなに楽しいの?』
 
クラスの女子を叩き、キレていた、彼女。自分のことではいつもテンションが低いのに。他人のために熱くなり、他人のために喜べる奴だった。
 そんな聖が、好きで好きで、たまらなくて。俺は恋の深みにあっさり嵌まっていくことになる。

「……だってそんなの、当たり前じゃない?頑張ってる人すごいって思って応援するの、普通でしょ」
 ほら。俺にとって当時、死ぬほど嬉しかったことを、心底普通だと捉えるから。いつだって、お前の中の俺は等身大でいられるから。
「――そう。お前さ、そうやって何でもない顔で、いっつも俺の背中、押してくれるんだ。お菓子作ったら、本当に嬉しそうに美味そうに食べてくれてさ。お前がいてくれたから、俺、今ここにいられるんだ」
「大げさな」
「本気」
 
本当に、彼女がいなかったらどうなってたか分からない。少なくとも、部活はまたバスケ部に入ってたかもしれない。中学からの仲良い連中にも、打ち明ける勇気がなかったから、卒業後の進路も黙ってただろうし。そうなったら、伯父さんの店は高校に近いから絶対勤務出来なかった。高校の時に周りの奴らに進路を打ち明けられたのは、俺にとって相当大きなことだった。思い返せば、改めて胸に愛おしさが広がって。
「お前が、いたから。お前だったから。ありがとな」
「……っ」
「好きだ。好きだよ、聖」

 腕の中の彼女の頬に手を添えて、こちらに視線を向けさせる。恥ずかしそうに顔を顰める聖に笑い、ゆっくりと顔を近付けた。途端、真っ赤に染まった頬が可愛くて。
 眼鏡を外すのは、一種の合図。目じりに一つ口付けを落とし、溢れて止まない思いを告げる。そのまま、薄いピンク色の唇に、そっと触れた。
「ん……っ」
 
――知らなかったよ。
 キス一つで、胸が一杯になるような感覚も。漏れ出る吐息も、食べ尽くしてしまいたい衝動も。頼りなく俺のシャツを掴む小さな手に、湧き出る庇護欲も。
 全部全部、君が教えてくれたから。

「聖」
「……何?」
「ベッド、行こう」
「っ」

 腕の中の身体を抱き竦めて、真後ろのベッドに優しく下ろす。困ったように視線を彷徨わせる姿は、普段の彼女からは想像できない。俺以外、誰も知らないと言う優越感が強くなる。それからいつだって、溢れる愛しさと。
「まっ、まだ二時っ」
「ごめん。我慢できない」
「だ、めだって。夜まで――」
「……聖が今日泊まってくなら、いいけど」
「……今日は、親に言ってないから駄目」
「だろ?」
 
本当は、どこにも行って欲しくない。でも、実家暮らしの聖にワガママは言えない。だからこそ。
「頼む。――聖のこと、もっと深くまで触らせて」
「っ〜〜〜」
 
額を合わせて、その色素の薄い瞳を覗き込む。彼女はみるみる頬を赤くして、困ったような、泣きそうな顔をした。けれど、しばらく待てば。
「……ちゃんと、カーテン閉めてよ」
「分かってる」
 
不貞腐れた顔で、俺の首に腕を回した。可愛げのない態度が、何よりも可愛くて。俺はまた一つ、彼女に陥落されていく。




「宮崎はずるい」っていつでもお前は言うけれど。
本当は、負けっぱなしなのは俺なんだ。
側にいて、笑いかけられて、その目で見つめられるだけで、俺はきっとどんな願いにも応えてしまう。
だからせめて。
俺の一番の願いだけ、お前が叶えて。
クリスマスが過ぎて、いつか魔法が解けてしまっても、この手だけは離さないで――。








***

王子がただの野獣と化した!!←
怖いですね、怖いですね。さすがホタル作品のヒーロー、期待を裏切りません(誰の)
これ、付き合って1カ月〜1カ月半くらいの設定。でも、ほら!イギリス育ちだし!7年分我慢してたんだし!仕方ないじゃないか!(笑)
とにかく何が書きたかったって、ひたすら沢島さんを可愛い可愛い言い続ける宮崎くんです。
どうですか、こういうヒーロー?やっぱり無しかなぁ。くどい位だけど、書いてて楽しかったです(^u^)
ていうかうちでは、視点が男性陣に映ると途端にただの惚気になってしまう……。
唯一頑張るのは、京くん?(Eye for eyeより)彼はツンデレって見せてるだけで、多分高校卒業とかして箍が外れたら一気にデレると思いますが。
ちなみに沢島さんは宮崎くん視点だとちょっと温度低めに見えますけど、実際はかなり宮崎くんのこと好きです。ちょっと頑固なだけで、基本的に宮崎くんに何か求められたら(好きって言って、とか)照れながらも素直に言います。
宮崎くんは、もう、ね。デロデロだから(笑)
一応、うちのサイト内では割と独占欲やらが低い設定ですが、実際沢島さんが他の男と二人っきりで歩いてたりしたらちょっともんもんとすると思います( ^)o(^ )

て、こんなだらだら語りは置いといて。
とりあえず、ここまで読んでいただいてありがとうございました!!(笑)


inserted by FC2 system