The wizard And Glafs flippers(6)


 無防備にも俺の呼び出しに応じた柳先輩。素っ気ない格好に苦笑するけれど、柳先輩が俺に対して可愛い格好する必要はないから、仕方ない。……分かっているから結構凹むんだけど。
 公園内を一緒に歩いて、怯える彼女に触れて。我ながら、自分の行動が馬鹿馬鹿しすぎて笑えて来た。震える彼女は、未だに弱々しい癖に、何故か山元先輩に関することだけは頑固で。そんな彼女は、やっぱりあの春の日にも、六月の彼女にも重ならなくて、苦笑した。
 ――本当に、面倒くさい。
 きっと今山元先輩に彼女が出来れば、柳先輩は崩れてしまう癖に。なのにどうして、あなたはそうやって手を離そうとする?確かに、その小さな手で掴めるものがあると、分かっているはずなのに。

 苛立っていたのかもしれない。俺が持たないものから、あっさり手を引いてしまおうとする彼女に。だから、思わず。
「っやだ!!」
 柳先輩を、強く強く、抱き締める。触れてはいけないと、自制してたはずなのにな。なんて、心の中で自嘲した。精一杯に俺の腕から逃れようとする、小さな身体。細くて、柔らかくて、温かくて。何よりも愛しい人の体温。だけど彼女にとっては、辛いものでしかなかったらしい。
「やだ、やだよ、っ……」
「柳先輩」
「離してぇっ」
 悲鳴混じりの声に、胸はずくずく痛む。傷口は血を噴き出し、治らないだろう、と思うのに。どうしてもこの手は、引っ込められなくて。出来るだけ優しく背を撫でても、彼女は泣きじゃくるばかりだった。
 小さな小さな女の子。俺を受けとめ、大きな力を与えてくれた少女は何処に行ってしまったんだろうな。ここにいる彼女と、変わらないはずなのに、俺の力にすら勝てず、泣くことしかしない。
「先輩。好きなんです」
「、」
「……俺じゃ、駄目ですか?」
 そっと、耳元で。ずっと封じていた想いを、囁きかける。あからさまに身体が固まる彼女に苦笑しながら、言葉を続けた。
「ずっと、ずっとあなただけを見てきた。これからだって、あなたが望むだけ、俺はあなたの側にいます」
「青竹くん……」
「――幸せに、させてください。俺に、柳先輩を」
 俺の言葉を聞いても、彼女はまだ、煮え切らない返事をする。そんな返事、俺は欲しくないのに。本当に欲しい答えがもらえないなら、ただ一つ。一番正しい答えをもらうしか出来ない。
 これ以上触れていたら、彼女が壊れそうだったから。腕を一旦解いて、しゃがみ込み、彼女の手を包む。緊張のせいか、寒さのせいか、ひどく冷たい掌。これが最後なのだ、と思うと絡めるくらいしても罰は当たらない気がしたけれど、堪えて、ただ包むに留めた。
 ぐしゃぐしゃの泣き顔を覗き込む。柳先輩の涙は何度も見た、けど。これから一番ひどく泣かせることになるから。
「本当は。ずっと、このままでも良かったんです」
「……え?」
「先輩が逃げようとするなら、俺はそれに、ずっと付き合ってもいいかな、って」
 正直、このまま柳先輩を待って、俺の元に柳先輩が落ちて来ることを狙ってたし、その可能性は高いと思う。けれど、俺は駄目なんだよ。もう決めてしまったから。自分の理想を追い求め、貫くことを。逃げないこと、卑下しないこと。
 あなたが教えてくれたんだ。自分を大事にしろと、そう言ってくれた。もう、十分だよ。俺はあなたに掌から零れる位、たくさんの物をもらったから。だから。
「もう、逃げるのは止めましょう」
 俺が、あなたに出来る恩返し。あなたが変われるチャンスを、今度は俺が、与えよう。

「っ私の好きな、人は……!!」
 自分から、促した癖に。彼女の答えに、苦しくなる。抱き締めた彼女は抵抗せず、ただただ泣きじゃくる癖に、答えだけはちゃんと出してしまって。口を塞いでしまおうか、そう思った時には。
「――山、元……だよっ……」
 はっきり答えを、出してしまった。

 ずるい人だよ、あなたは、本当に。
 人の腕の中で他の男を想って泣いて、俺の手を一回取ったくせに、俺なんか見向きもしないで。弱さと強さと、ずるさと純粋さと、他人を傷付けながら自分も傷付いて。混在する、矛盾だらけのあなた。面倒くさい。全くもって面倒くさい。
 ――でも俺は、その矛盾を愛してしまったから。
 始まりは、春の日。眩しい微笑みと一緒に贈られた言葉に、心が持っていかれて。次は、真っ直ぐなその瞳。ぶれない心やしなやかな優しさ、その全てに惹かれた。
 だけどそれは柳先輩の良い部分しか見ていなかったんだな、って分かる。文化祭後の柳先輩は正直言って不器用そのもの。山元先輩が構えば爪を立てるのに、山元先輩が他の女を見れば苛々して。なのに自分は何とも思っていない、なんて意地を張る。間違っても光なんて、道しるべなんて言えない。何て、ずるく人間らしいんだろう。
 ……それでも、あなたが頼りなく縋る姿が、愛おしかった。答えが見えているのに、顔を背けてしまおうとする不器用さが愛おしかった。他の男を頼って、罪悪感に揺れるあなたが、愛おしかった。強がって、から回って、必死で笑って泣いて怒って。もう、気付いた時には嫌いになるなんて思いもしなかった。どうしようもない位、俺は惚れてしまったんだ。柳瑞希と言う存在全てに。

「じゃあ、……ありがとう。青竹くん」
 ほら、またそうやって、笑うから。ぐしゃぐしゃの泣き顔で、必死に、笑うから。矛盾だらけでずるいのに、あなたは結局優しく強いから。どんなに逃げても、いつかは結局自分で答えを見つけて、帰ってきてしまうんだろう。
 例えば俺があなたに答えを促さず付き合いだしたとしても、一度山元先輩が好きだと気付いてしまえば、あなたの気持ちはきっと俺には動かせない。
「だったら、先輩はあなたの幸せを。どうか、逃がさないで」
 どうして俺じゃ、駄目なんだろうな。とは、もう言わない。俺じゃ駄目な訳じゃない。山元先輩『じゃないと』駄目なんだろう。分かってしまったから。

 頬に伝う冷たい雫を、拭って。彼女を抱き締めていた腕を、静かに解いた。未練がましく伸びる指を、ぐっと握りこんで、彼女への思いも、握りつぶすように。

* * *

 寒空の下誘い出してしまったのを詫びながら、家まで送り届ける。遠慮されたけれど、これに関しては譲る気はない。強く言い含めると、渋々頷いた。きっともう、この気持ちを表に出すことは出来ないから。今日だけは、柳先輩を好きな俺でいたかった。
「……あ、ここなんだ、うち」
「へぇ。大きいですね」
「そう?荷物多いから中入ると狭いんだよー」
 他愛ない話なのに、お互い泣き顔なのには笑えた。特に柳先輩なんか、風邪が吹く度に涙の跡が冷たいらしく身を縮めていて、その度に吹きだしてしまった。今も一つ風が吹き、笑う。そんな俺に、柳先輩は頬を膨らませて、でも、笑ってくれて。かちゃん、と門をくぐった彼女に、微笑んだ。
「ありがとう、ね。青竹くんも気をつけて帰ってね」
「はい。……おやすみなさい」
「おやすみ」
 白い吐息と共に吐かれる、柔らかな声音。この声までも、別の男の物になる。苦しいと言うよりは、感じるのは空虚感だった。けれどそれを見せれば困ってしまうだろうから、胸の奥深く、ちゃんと沈める。くるりと背中を向けて、玄関のドアに手を伸ばす。
 その、小さな手を引いて、抱き締められたら。最後までそんなことを思う未練がましい自分には苦笑してしまった。
 ぱたん、と静かな音を立ててドアが閉まる。その瞬間、冷たさが身体中を襲った。大きく息を吐いて、早足で駅に向かって歩いた。
 そして、柳先輩の家から十歩ほど進んだところで。コートのポケットからケータイを取り出し、電話帳を探す。遅いには遅いが、この時間はまだ寝ていないと思う。かじかむ指先で、ボタンを操作してケータイを耳に当てる。何コール目か、後。
『……青竹?』
 静かな夜によく響く、低い声。不機嫌そうなそれに、苦笑してしまった。
「すみません、寝てました?」
『いや、別にTV見てただけだけど。なんか用かよ』
 じゃあ、何でそんな不機嫌そうなのか、とは流石に俺でも聞けない。は、とまた一つ、白い息を吐いて夜空を見上げた。小さな星の輝きですら、目に染みそうなくらい痛くて。

「――山元先輩。俺、今柳先輩に告白してふられてきました」
 告げた言葉は、我ながら痛いなぁ、と思わなくもない。

『……は?』
「今回は、もう俺正式に諦めます。つーかふらせたようなもんなんで、完全燃焼って言うか」
『つか待て、お前何でこの時間に柳と会ってんだよ!?』
 うわ、そこか。詳しく説明するとまたぎゃあぎゃあうるさい気がしたから、適当に流しておいた。それでも電話口の向こうは騒がしい。別に俺だって理性くらいありますってば。……まぁ、ちょっと抱き締めてみたりはしたけど、それは最後の役得ってことで。
「……ね、山元先輩」
『んだよ』
「柳先輩ね、好きな人、いますよ」
 俺の言葉に、山元先輩は、はっと息を呑んだ。数秒沈黙が続き、唸るような声が響く。
『……分かってるよ』
「あ、言っときますけど兄貴じゃないですよ」
『っは!?』
 低い声に分かり切っていた(はずの)台詞を言うと、山元先輩は本気で驚いたようだ。声がひっくり返ってる。面白い、けど、……こりゃ駄目だな。鈍すぎる。どっちもどっちだな、あのカップル。思わずくつくつ喉で笑うと、山元先輩は電話口の向こう、戸惑っている気配を感じた。けれど、こんなもんで戸惑ってもらっちゃ、困るんだ。
「……山元先輩は、柳先輩をすごく大事にしてますよね」
『……何だよいきなり』
「まぁまぁ、とりあえず聞いてください」
 深夜に近い時間帯、柳先輩の地元、何で山元先輩と長電話してんのか。苦笑してしまうけれど、どうしても俺は山元先輩に一言言っておきたかったから。
「俺から見ても山元先輩の愛し方ってのはすごいな、って思いますし、実際それで柳先輩助かってる部分もあると思いますよ」
 実際、山元先輩が柳先輩に惚れた理由ってそれだと思う。当の本人は無自覚に近いけれど。
「……だけどですね。優しさだけ与えたって、人間関係って何も返ってこないですよ。ある程度欲求ぶつけないと、相手も戸惑います」
 本当に。今回の件だって、山元先輩がすぐに柳先輩を問い詰めれば、俺が入る隙なんてなかった。山元先輩が躊躇って手を出さなかったから、柳先輩は距離を置き、俺の手を取った。
「山元先輩が事件の時柳先輩の側にいたから、壊れた柳先輩を知っているから、必要以上に甘くなるのも分かりますよ。それでも、柳先輩は与えられるだけの関係を良しとする人じゃないでしょう?」
 山元先輩の愛は深すぎると思う。柳先輩が逃げても、追いかけることが出来ない気がする。あの人の性格ならもっと強気で攻めてもいいのに、柳先輩にねだってもいいのに。必要以上にもらうことを良しとしないその態度は、柳先輩のずるさを許容してしまう。
 もしもそのまま、二人が付き合ってしまったら、いつしか柳先輩が山元先輩の側にいることを、甘やかされることに自己嫌悪して、別れが来てしまうだろう、と分かったから。
「――他人を傷付けても、相手を困らせても手に入れる覚悟でやらなきゃ、柳先輩は応えてくれませんよ。山元先輩の剥き出しの欲望、もうちょっと柳先輩にぶつけてもいいんじゃないですか?」
 一息で言い切り、そのまま電話を切る。その後電話が掛かって来るかと思ったけれど、電話は全く鳴らなかった。
「……たく、俺も馬鹿だよなぁ」
 元とは言え、恋敵の背を押してしまうなんて。
 だけど違う。これは、柳先輩の幸せな顔を見ていたいから。俺が手を引いたんだから、誰よりも、幸せになって欲しい。眩しい太陽みたいな微笑みが、俺の隣じゃなくたって咲いていてくれれば、それでいいから。
 だからどうか、もう少しだけ。
「……あー……ちくしょ」
 ぽろぽろ零れる涙が格好悪くて、笑ってしまった。拭っても拭っても止まらないそれが、恥ずかしくて。
 ――だけど、本当に好きだったんだ。みっともない位、精一杯、俺だってあなたに恋をしていたんだよ。
 本当の、本気の恋を。

 


 ねぇ、先輩。馬鹿かもしれないけれど、俺はあなたに会った時、魔法使いみたいだと思ったんだよ。些細なやり取りで、俺の心をこんなに軽くした。
 だけど今はね、俺自身が『シンデレラ』の魔法使いみたいな気持ちになっている。
 あのお話は、世話好きの魔法使いが、煤に汚れた娘を誰よりも綺麗にして、王子に向かわせるんだ。
 俺が思うに、あの魔法使いはとても、とても。シンデレラを、愛していたと思うんだよ。だから彼女の望みを叶えたいと願った。彼女のため、魔法をかけた。
 だけどきっと、最後のガラスの靴は、魔法使いの独占欲。彼女を完全に王子様のものにはしたくなくて、あんな意地悪をしたんだろう。

 でも俺は、ガラスの靴は渡さないよ。意地悪をしてやりたいけれど、それじゃああなたの幸せを見れないから。

 ――それに、俺よりずっと強いあなたは、魔法なんかなくたって、裸足で、普段着で、駆けていくだろう?
 あなただけの、幸せの道しるべを、真っ直ぐと。







***
 「The wizard And Glafs flippers」日本語訳では「魔法使いとガラスの靴」これにて完結です!!お付き合いいただき、ありがとうございました。
 ちなみにガラスの靴は正しくは「Glass slipper」なのですが、可愛くないので←、古い英語の方で表記してあります。個人的にはかなりお気に入りな題名です。
 ただ、その中身はと言うと……(苦笑)全体的に説明不足・心情の変化が相当分かりにくかったと思います。どこまで本編の台詞を入れてどこまで切るかも結構悩みました。ただ一つの想い周辺に関しては、下手にぐだぐだ同じやり取りを繰り返すのもどうかと思ったのでばっさり切ってしまったのですが、入れた方が良かったかなぁ……とも思っています。
 正直に言えば、シンデレラの魔法使いを使って書こうと思ったのは、本当に最後の最後でひらめきました。でもすごくお気に入りなネタだったので、自分の力量で折角のひらめきをこんな形で潰してしまったのが悔しいですorzいつか書き直したいですが、その時にはもっと自然な感じでシンデレラのことを絡めたい。多分いきなり魔法使いの話が出てきてはぁ?となった読者の方も多いと思います……。折角青い鳥というお話が童話の題名なので、同じく童話を絡めようと思ったんですが、本当に力量が足りず、と読み返してがっくし来ました。愚痴ばかりですみません(汗)
 さて、今回のお話は本編のダイジェストを悠視点で、という感じです。意外と鋭い彼視点から、今後の伏線がいくつか張られております。それを書くのは、いつになることやら\(^o^)/←
 個人的にこの話を書きながらキャラの考察や今後の展開など、いくつか考えがまとまったので頑張って活かしたいと思います!!悠の救済として書きだしたお話でしたが、少しでも彼の魅力が伝わったらいいな……格好悪いとこしか書けなかったけど(笑)

 それでは、本当にありがとうございました。



  

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