The die is cast. side-K 



「だって、だって、練習とかで疲れてるでしょ!?迷惑かけちゃいけない、とか普通考えるじゃない!」
「……」
 
――大体にして、この人は馬鹿なのだと思う。

 何故だか公衆の面前で抱き合うとかいう馬鹿な真似をしでかした俺を正気に戻したのは、先程俺達に負けたチームのくれた冷たい視線だった。気付いた瞬間、引き離した俺に驚いた先輩も、しばらくして正気に戻り。現在、駅までの道を二人で歩いている。
 ……手は、繋いだまま。
「そういうのは気にしなくていいんですよ、普通は」
「だっ、分からないの!彼氏いたことないし!」

  話題は、もちろん今までの彼女の態度について。付き合って二ヶ月経っても、意固地にメールを送らなかったこの人(馬鹿)。最初は驚き、後に馬鹿のように悩み、最終的に諦めの境地に辿り着き。そんな俺の前に、他の男と並んで歩いてくるなんて、この人は男という生き物を、分かっていない。卒業当時に比べ、化粧をしっかり施されたその顔に、先程まで燻っていた苛立ちが募る。
 気にくわない。
 俺より先に、――こういう彼女を見た男がたくさんいるということが。

「……はぁ」
「?何」
「別に」

  全くもって、こんなことを考える男にもなりたくなかったのに。コントロールの利かない自分に、うんざりだ。思わず漏れそうになる舌打ちを押さえ、先輩の疑問を適当に流した。途端に膨れた表情を見せる彼女に苦笑いしながら、口を開く。
「メールとか電話は、確かに俺は好きではないですけど」
「でしょ?」
「でも、彼氏相手にんなもん気にしなくていいでしょう」

  現に、今までの『彼女』という存在はこまめにメールやら何やらしてきた。俺はというと、大事なメールには返信をし、それ以外はスルーという手を使ってきたんだが。最終的に、「京って冷たい」などと言われ、フられるパターン続きだった。俺としては、「それでもいい」と告白してきて何でだ、って感じなんだが。首を傾げる俺の隣で、先輩は。
「……何照れてるんですか」
「だっ、け、京くんが彼氏って言ってる!」
 きゃーきゃー騒いで、嬉しそうに笑うその神経が、理解できない。
 けれど、――嫌ではない。
 認めたくはない、が、俺は多分この人を、今まで付き合っていた連中よりもずっと必要としているのだ。本当に、認めたくないが。
 その場の空気を直すように、俺はこほん、と咳払いをして。

「とりあえず、先輩の好きな時にメールして、好きな時に電話してください」
  一般的な恋人間での、連絡を取る頻度を伝えた。俺からメールしろと言っても、それは確実に無理だから、それも伝えて。大体、メールが苦手な俺がどうやって話題を捻り出せと言うんだ。過去の経験を思い出し、舌打ちを零す俺に反し、先輩は。
「……」
 
――赤くなって、困ったように眉根を寄せた。
「……何ですか」
 
上目遣いの視線に、ぐらりと自分の中の何かが揺れるのを感じながら。俺は、何でもない素振りで尋ねる。すると、「うん、」やら「えっと、」なんて要領を得ない返事ばかり返ってきて。苛々し始めた俺が、口を開いた瞬間。

「そ、それだと毎日になっちゃうんだけど、その、……いいんでしょうか」

 トマトより赤くなった彼女は、ぼそぼそと、そんなことを零し。
 不覚にも、俺は。

「……好きに、してください」
「えっ、い、いいの!?」
「どうぞご勝手に。疲れてる時は返信出来ないかもしれないですけど、気にしないなら」
「う、うんっ!分かった!」
 
いつの間にか止まっていた歩みを、彼女の手を引っ張ることで進める。足早に歩く俺に、彼女は追いつくことに必死なようで、隣には並ばない。後ろから、やたらと元気な返事が返ってきて。きっと今振り返ったら、満面の笑みが浮かんでるんだろう、そう思うだけで。
「……っ」
 
――ちくしょう、むかつく。
 こんな人、本当に最初はむかつくだけで、うざったかったのに。なのに段々、勝手に人の心に住み着いて、めちゃくちゃにして。
 今、こんなにも心を揺さぶる。
 熱くなった頬を、日焼けしたせいだ、と内心自分に言い聞かせながら。後ろで呑気に鼻歌を歌う彼女を、俺は横目で見つめる。


 他人のペースに合わせるなんて、絶対ごめんで。だから、恋愛なんてしばらくしたくなくて。
 なのに。


「先輩」
「んん?」
「……ケーキ、食べますか」
 
俺が出来るだけ小声で言った言葉は、ばっちり届いてしまったようで。次の瞬間には、ぐっと手を掴まれて。
「一緒に来てくれるの!?」
 ――やたらキラキラした眼差しが、俺を迎えた。意識して不機嫌な顔を作りながら、俺は頷く。
「受験受かったら、おごってやるって約束したでしょう」
「覚えてる!行く、食べる!」
 けれど俺のそんな意地は、彼女の素直な笑顔に呆気なく壊され。それでも、俺はまだ、……素直になんて、なってやらない。
「仕方ない人ですね」
  その言葉と同時に繋ぐ手に力を込めるのは、逃げられたくないからで。
 後ろから上がる笑い声に安堵するのは、彼女の存在があるからで。

 ――恋愛なんて面倒で、大嫌いで。それでもこの人だけ、俺は絶対に離したくなかった。




落ちてしまった馬鹿げた感情から、逃げられないと知りながら必死にもがく俺は、どんなに馬鹿だろう。
それでもまだ、完全に嵌る訳にはいかない。
彼女が俺の気持ちに追いつくまで、この気持ちを見せてなんて、やらない。
それが俺のささやかな、意地悪。
これ位、構わないだろ?

  ――あんたはいつだって、反則勝ちし続けるんだから――








***
読んでいただき、ありがとうございましたv
京くんがもっとツンツンする予定が、デレてしまい失敗か!?と思いつつも、友人には好評だったのでそのまま載っけます。
いつかツンツンvr書きなおすぞ!!←



おまけ


  

inserted by FC2 system