本当は、どうしようもない位、弱くてちっぽけな、私。
そんな私でも、いいでしょうか?ここに在りたいと願っても、いいでしょうか?
等身大の私で、笑って、泣いて、怒って。
そんな風に、過ごせる。あなたがいる毎日が、ただ幸せで仕様が無いの。


All Along
2


 朝目覚めたら予想通り、寝坊しました。でもそこで間一髪、学校は自由登校なのを思い出して、結局放課後に行くことに。そんな訳で現在、2年の教室の廊下を歩いてます。

「大丈夫、だよね……」
 妙に高鳴る鼓動を、抑えきれない。頬が熱い。これ、絶対赤くなってる。何でこんな、緊張してるんだろう。今更、しかも山口に渡すだけ。だけ?そんなことを悶々と考えてたら頭がパンクしそうになったので、一度切り替えることにした。
 とりあえず、うん!!渡すだけ渡せばいいんだ!!
 気合いをこめて鼻息を荒くし、意を決して山口の教室へ早足で歩んだ。今日は幸い部活がオフの日なはずだ。

 教室を覗いたら、もうほとんど人影はなかった。もう、自主練行っちゃったかな?不安に思ってドアから身を乗り出す。すると山口の姿が窓際に見えた。顔を笑みに変えて、声をかけようとして、固まる。
 気付いてしまった。――隣にいる女の子の姿に。

 だ、れ?どうして?
 その箱、きっとチョコだよね?
 どうして、それを受け取ってるの?どうして、そんなに嬉しそうなの?

 心が、ずきりと音を立てた。
 痛い。イタイ。
 箱を抱えた手が震える。楽しげに言葉を交わす二人が、どうしようも無く遠い。これが、距離、なんだろうか。山口と、私の、今の距離。ひどく遠くて、手も声も、届かないような。思わず泣きそうになった瞬間、彼と、目が合った。
「ひとみ先輩!?」
「っ、」
「え?」
 女の子の不思議そうな声とリンクする驚いた山口の声。ただ瞳を逸らして、俯いた。二人の顔が、見れない。だって私、――邪魔者でしょう?
 視線は向けずに口元だけ、曖昧な笑みを浮かべて叫ぶように言葉を残し、駆けだした。
「あ、……ごめ、ん。じゃあねっ!!」
「え、ちょっと、待っ!!」
 後ろから追いかける山口の言葉を放り出して、ただ走った。バッグが、揺れる。チョコ、崩れちゃうよ。折角昨日、あんなに頑張って包んだのに。
 でも、いいんだ。だってあげる人なんていないから。いなくなっちゃった、から。

 息が、きつい。足がもうへとへと。受験の時、全然動いていないから、仕様が無いけれど。でも、止まったりなんて、出来ないよ。もう、思い出したくない。思い知らされたくないの。
 私、馬鹿だ。どこに保証があったんだろう。山口が告白してくれてから、他の女の子に目を奪われたって当然なくらい、長い、長い時間があった。なのに、どうして今更気付くんだろう。
「……っ」
 ――山口のことが、こんなに好きだって。

 バッグの中に放り込んだチョコを、取り出す。綺麗なアイボリーの箱に、赤いリボン。
「……意味、無くなっちゃったな」
 応援してくれた友達の言葉も、このチョコも、私の思いも。行き場を、無くしてどこかへと彷徨ってしまった。
 本当に、馬鹿だよ、私。
 いつも、無くすことを恐れてた。だから、自分の一番大切なものから目を逸らして。――長い、長い時をかけて気付いたとき、それはもう消えてしまっているんだ。
 これは、きっと罰。いつも真っ直ぐな山口から、逃げようとした私への、悲しい、罰。
 徐々に目から零れる涙を、止めようととしたけど叶わなかった。
 ――いつも、こんな時は山口が側にいてくれた。思うがままに、泣かせてくれた。そんな彼が、愛しく思うのは当然のことだろう。
 ただただ気の進むまま、前に歩む。黙ってふらふら歩いていると、急に腕を後ろに引かれた。背中に、何か温かいものがぶつかる。肩も優しく抱かれた。驚いて後ろを向けば、
「や、ま、口?」
「危ないですよ」
「え?」
「前。階段ですから」
「あ、ありがとう……」
 彼の言うとおり、あと一歩踏み出してれば、階段に落ちるとこだった。素直に感謝を告げれば、私の顔をじっと眺めた後、少し緊張した顔を和らげた。その顔に、胸が苦しくなる。この温もりにはもう、二度と触れられない。あの笑顔は、他の子のものになる。醜い独占欲に、吐き気がした。山口は私の手首を強く握ると、少し怒ったように話し始めた。
「気を付けてくださいよ。怪我したら大変でしょう?」
「……ごめんなさい」
「軽傷でも、顔に傷が付いたら大変ですから。ったくひとみ先輩は……」
「ぅ、山口にはか、関係無いもん」
「関係なくないですよ。俺はひとみ先輩が好き、なんですから」
 だから、気をつけてください、と照れたように目を伏せて言う山口に、一瞬思考が止まる。涙も止まった。
 今、山口は、何て言ったの?
 恐る恐る顔を上げれば、甘い笑み。信じられない。だって、じゃあ、何なの、一体?意味が分からなくて、頭が混乱する。口から飛び出た言葉は、
「っ、嘘つき!!」
 だった。
 涙が頬を伝う。手を滅茶苦茶に振り回して、山口の腕の中で暴れた。離れてすぐに距離を取ったけど、困ったような顔をした山口に手首を掴まれた。切なそうに、頭上で山口が囁く。
「……ひとみ先輩」
「っ、嘘なんていらない、よ!!もう、いいから……っ!!」
 顔が見れない。同情なんて、要らないから。そんな優しさ、要らないから。いっそ、突き放してほしいの。呆れられたかもしれない。怖くなって下を向き、涙を零した。廊下に落ちていく水滴とは逆に、積もっていく、山口への気持ち。
 私が、山口の優しさに甘えちゃったから。山口は、私から離れられなくなっちゃったのかもしれない。だけど、もういいから。もう、解放するから。だから、どうか。

「……はな、して」

 小さく呟くと、ため息とともに、そっと手首が離された。途端に身勝手な心がずきずき音を立てて、痛む。
 これで、いいんだよ、きっと。これ以上、私が我が儘言っちゃいけない。大切な人だからこそ、幸せになって欲しいから、だから――。
「!?」
「……ったく、何馬鹿な勘違いしてるんですか?一人で暴走しないでくださいよ」
「な、え、や、山口っ!?」
 何です?なんて言いながら、頭に頬を擦り寄せられる。腰と背中に手を回され、抱きしめられて、頭がパンクしちゃいそう。呆れたような、でもとても甘いその声に、優しい手の感覚に、温かさに、悲しみが溶かされていく気がした。
「……山口、は、まだ、その……私のこと」
「好きですよ、もちろん」
「っじゃあ、何で?何で付き合ってるか聞かれたときに否定したの?他の子から嬉しそうにチョコもらったの?」
 どもりながら、少しづつ質問していく。鼻をすすると、山口の匂いが飛び込んできて、思わず頬が赤くなった。ゆっくりと答える山口の声が、すごく優しい。
「否定したのは、先輩の口から言われたら立ち直れなくなりそうだったから、です」
「え?」
「まぁ実際つきあってないですけど、やっぱ面と向かって言われちゃうと辛いし。ついでに言っときますけど、チョコ渡してくれたの、マネージャーですよ?」
「え、渡瀬さん!?」
 苦笑するように零される返答に、驚いて顔を上げる。彼は微笑んで、私の目を見つめた。
「まぁ会うの久しぶりですし、分かんなくても仕様が無いですけど。今日部活休みだから、昼休み配ってたけど俺だけ捕まらなかったらしくて。さっき来てくれただけですよ」
「っ」
 私、一人で勘違いしてただけじゃない……!!
 気付いてどうしようも無く恥ずかしく感じる。思わず顔を山口の胸元に埋めると、彼はそっと私の顎に手を添え、強制的に顔を上げさせた。真剣な瞳に、胸が高鳴る。顎から手を外すと、黙って指を絡めた。
「マネージャーのチョコは受け取るのが鉄則、ですからね。それ以外は全部、断りましたけど」
「え?何で?山口去年あんなに沢山もらってたじゃない」
「ひとみ、先輩」
 真っ直ぐな目で、自分の名前を呼ばれると気恥ずかしくなる。視線をどこにやっていいか分からず彷徨わせると、山口は屈んで、私と額をあわせた。急激に近づく距離に、頭がついていかない。

「俺は、貴女のチョコしか欲しくない。貴女しか、いらない。――いい加減、俺がどれだけ先輩を好きか、知ってよ」

 心ごととけてしまいそうな甘い台詞なのに、山口の顔は、まるで迷子の子供みたいに情けなくて。だから、枯れ果てたと思った涙がもう一度、溢れてきた。

 ――私は、大切なものに気付くのが、いつもとても遅くて。だから、何度も何度も掌から零れていって。
 だけど、あなたと出会って知ったんだ。
 私の、稚拙な、ゆっくりとした歩みを。ずっと後ろで見守ってくれる人も、いることを。

「山口」

私は、そんな優しいあなたが誰よりも。

「好きだよ……っ」








***
これにて本編の二人は完結です。
ひとみ先輩は昔から、好きと言う気持ちがちょっと怖い。よって気持ちを認められずにいたら、他の女の子に取られる、というパターンが多いです。それをぐっちーのお陰で乗り越えられたので、今後は素直になれるかな。
ていうかバレンタイン編に書きおろしたはずなのに、書き終わったの4月だったというw


  

inserted by FC2 system