本当は、どうしようもない位、弱くてちっぽけな、私。 そんな私でも、いいでしょうか?ここに在りたいと願っても、いいでしょうか? 等身大の私で、笑って、泣いて、怒って。 そんな風に、過ごせる。あなたがいる毎日が、ただ幸せで仕様が無いの。
朝目覚めたら予想通り、寝坊しました。でもそこで間一髪、学校は自由登校なのを思い出して、結局放課後に行くことに。そんな訳で現在、2年の教室の廊下を歩いてます。 「大丈夫、だよね……」 妙に高鳴る鼓動を、抑えきれない。頬が熱い。これ、絶対赤くなってる。何でこんな、緊張してるんだろう。今更、しかも山口に渡すだけ。だけ?そんなことを悶々と考えてたら頭がパンクしそうになったので、一度切り替えることにした。 とりあえず、うん!!渡すだけ渡せばいいんだ!! 気合いをこめて鼻息を荒くし、意を決して山口の教室へ早足で歩んだ。今日は幸い部活がオフの日なはずだ。 教室を覗いたら、もうほとんど人影はなかった。もう、自主練行っちゃったかな?不安に思ってドアから身を乗り出す。すると山口の姿が窓際に見えた。顔を笑みに変えて、声をかけようとして、固まる。 気付いてしまった。――隣にいる女の子の姿に。 だ、れ?どうして? その箱、きっとチョコだよね? どうして、それを受け取ってるの?どうして、そんなに嬉しそうなの? 心が、ずきりと音を立てた。 痛い。イタイ。 箱を抱えた手が震える。楽しげに言葉を交わす二人が、どうしようも無く遠い。これが、距離、なんだろうか。山口と、私の、今の距離。ひどく遠くて、手も声も、届かないような。思わず泣きそうになった瞬間、彼と、目が合った。 「ひとみ先輩!?」 「っ、」 「え?」 女の子の不思議そうな声とリンクする驚いた山口の声。ただ瞳を逸らして、俯いた。二人の顔が、見れない。だって私、――邪魔者でしょう? 視線は向けずに口元だけ、曖昧な笑みを浮かべて叫ぶように言葉を残し、駆けだした。 「あ、……ごめ、ん。じゃあねっ!!」 「え、ちょっと、待っ!!」 後ろから追いかける山口の言葉を放り出して、ただ走った。バッグが、揺れる。チョコ、崩れちゃうよ。折角昨日、あんなに頑張って包んだのに。 でも、いいんだ。だってあげる人なんていないから。いなくなっちゃった、から。 息が、きつい。足がもうへとへと。受験の時、全然動いていないから、仕様が無いけれど。でも、止まったりなんて、出来ないよ。もう、思い出したくない。思い知らされたくないの。 私、馬鹿だ。どこに保証があったんだろう。山口が告白してくれてから、他の女の子に目を奪われたって当然なくらい、長い、長い時間があった。なのに、どうして今更気付くんだろう。 「……っ」 ――山口のことが、こんなに好きだって。 バッグの中に放り込んだチョコを、取り出す。綺麗なアイボリーの箱に、赤いリボン。 「……意味、無くなっちゃったな」 応援してくれた友達の言葉も、このチョコも、私の思いも。行き場を、無くしてどこかへと彷徨ってしまった。 本当に、馬鹿だよ、私。 いつも、無くすことを恐れてた。だから、自分の一番大切なものから目を逸らして。――長い、長い時をかけて気付いたとき、それはもう消えてしまっているんだ。 これは、きっと罰。いつも真っ直ぐな山口から、逃げようとした私への、悲しい、罰。 徐々に目から零れる涙を、止めようととしたけど叶わなかった。 ――いつも、こんな時は山口が側にいてくれた。思うがままに、泣かせてくれた。そんな彼が、愛しく思うのは当然のことだろう。 ただただ気の進むまま、前に歩む。黙ってふらふら歩いていると、急に腕を後ろに引かれた。背中に、何か温かいものがぶつかる。肩も優しく抱かれた。驚いて後ろを向けば、 「や、ま、口?」 「危ないですよ」 「え?」 「前。階段ですから」 「あ、ありがとう……」 彼の言うとおり、あと一歩踏み出してれば、階段に落ちるとこだった。素直に感謝を告げれば、私の顔をじっと眺めた後、少し緊張した顔を和らげた。その顔に、胸が苦しくなる。この温もりにはもう、二度と触れられない。あの笑顔は、他の子のものになる。醜い独占欲に、吐き気がした。山口は私の手首を強く握ると、少し怒ったように話し始めた。 「気を付けてくださいよ。怪我したら大変でしょう?」 「……ごめんなさい」 「軽傷でも、顔に傷が付いたら大変ですから。ったくひとみ先輩は……」 「ぅ、山口にはか、関係無いもん」 「関係なくないですよ。俺はひとみ先輩が好き、なんですから」 だから、気をつけてください、と照れたように目を伏せて言う山口に、一瞬思考が止まる。涙も止まった。 今、山口は、何て言ったの? 恐る恐る顔を上げれば、甘い笑み。信じられない。だって、じゃあ、何なの、一体?意味が分からなくて、頭が混乱する。口から飛び出た言葉は、 「っ、嘘つき!!」 だった。 涙が頬を伝う。手を滅茶苦茶に振り回して、山口の腕の中で暴れた。離れてすぐに距離を取ったけど、困ったような顔をした山口に手首を掴まれた。切なそうに、頭上で山口が囁く。 「……ひとみ先輩」 「っ、嘘なんていらない、よ!!もう、いいから……っ!!」 顔が見れない。同情なんて、要らないから。そんな優しさ、要らないから。いっそ、突き放してほしいの。呆れられたかもしれない。怖くなって下を向き、涙を零した。廊下に落ちていく水滴とは逆に、積もっていく、山口への気持ち。 私が、山口の優しさに甘えちゃったから。山口は、私から離れられなくなっちゃったのかもしれない。だけど、もういいから。もう、解放するから。だから、どうか。 「……はな、して」 小さく呟くと、ため息とともに、そっと手首が離された。途端に身勝手な心がずきずき音を立てて、痛む。 これで、いいんだよ、きっと。これ以上、私が我が儘言っちゃいけない。大切な人だからこそ、幸せになって欲しいから、だから――。 「!?」 「……ったく、何馬鹿な勘違いしてるんですか?一人で暴走しないでくださいよ」 「な、え、や、山口っ!?」 何です?なんて言いながら、頭に頬を擦り寄せられる。腰と背中に手を回され、抱きしめられて、頭がパンクしちゃいそう。呆れたような、でもとても甘いその声に、優しい手の感覚に、温かさに、悲しみが溶かされていく気がした。 「……山口、は、まだ、その……私のこと」 「好きですよ、もちろん」 「っじゃあ、何で?何で付き合ってるか聞かれたときに否定したの?他の子から嬉しそうにチョコもらったの?」 どもりながら、少しづつ質問していく。鼻をすすると、山口の匂いが飛び込んできて、思わず頬が赤くなった。ゆっくりと答える山口の声が、すごく優しい。 「否定したのは、先輩の口から言われたら立ち直れなくなりそうだったから、です」 「え?」 「まぁ実際つきあってないですけど、やっぱ面と向かって言われちゃうと辛いし。ついでに言っときますけど、チョコ渡してくれたの、マネージャーですよ?」 「え、渡瀬さん!?」 苦笑するように零される返答に、驚いて顔を上げる。彼は微笑んで、私の目を見つめた。 「まぁ会うの久しぶりですし、分かんなくても仕様が無いですけど。今日部活休みだから、昼休み配ってたけど俺だけ捕まらなかったらしくて。さっき来てくれただけですよ」 「っ」 私、一人で勘違いしてただけじゃない……!! 気付いてどうしようも無く恥ずかしく感じる。思わず顔を山口の胸元に埋めると、彼はそっと私の顎に手を添え、強制的に顔を上げさせた。真剣な瞳に、胸が高鳴る。顎から手を外すと、黙って指を絡めた。 「マネージャーのチョコは受け取るのが鉄則、ですからね。それ以外は全部、断りましたけど」 「え?何で?山口去年あんなに沢山もらってたじゃない」 「ひとみ、先輩」 真っ直ぐな目で、自分の名前を呼ばれると気恥ずかしくなる。視線をどこにやっていいか分からず彷徨わせると、山口は屈んで、私と額をあわせた。急激に近づく距離に、頭がついていかない。 「俺は、貴女のチョコしか欲しくない。貴女しか、いらない。――いい加減、俺がどれだけ先輩を好きか、知ってよ」 心ごととけてしまいそうな甘い台詞なのに、山口の顔は、まるで迷子の子供みたいに情けなくて。だから、枯れ果てたと思った涙がもう一度、溢れてきた。 ――私は、大切なものに気付くのが、いつもとても遅くて。だから、何度も何度も掌から零れていって。 だけど、あなたと出会って知ったんだ。 私の、稚拙な、ゆっくりとした歩みを。ずっと後ろで見守ってくれる人も、いることを。 「山口」 私は、そんな優しいあなたが誰よりも。 「好きだよ……っ」 *** これにて本編の二人は完結です。 ひとみ先輩は昔から、好きと言う気持ちがちょっと怖い。よって気持ちを認められずにいたら、他の女の子に取られる、というパターンが多いです。それをぐっちーのお陰で乗り越えられたので、今後は素直になれるかな。 ていうかバレンタイン編に書きおろしたはずなのに、書き終わったの4月だったというw |