嘘を吐く理由は、人それぞれ。
必要な嘘もあれば、意味の無い嘘もある。
ただ、時に。
誰かのために吐いた嘘が、誰かを苦しめるためだけの嘘になる可能性も、十二分に存在する。


ウソツキの君


「ちょっとっ、要(かなめ)!!今日一緒に映画行く約束してたじゃないっ」
「あ?今日だったか?」
「〜〜〜っもう、知らない!!」
 
そのまま、怒って要の部屋を飛び出す。せっかく着て来た新品のシフォンワンピースが、急に色褪せて見えた。
 全くー!!あの男はっ!!

 昔近所に住んでて、今は隣街に引っ越してしまった幼馴染み。だけど腐れ縁てのは長く続くものらしく。高校は別れてしまったけど、大学で同じ学部として再会したあたし達。
 
要と果菜(かな)。
 
名前も似てるあたし達は、けれど顔立ちまでは似てくれなかったらしい。
 肩まで伸ばした髪をたまに巻くだけで、服装も顔つきも平凡なあたし。
 男子にしては長めの髪を、明るい茶に染めてピアスを数個つけてる要。
 しかも、中学の時から可愛い顔立ちをしてた要は大学で再会した時、立派なイケ面へと変貌していた。涼しげな目元、細身で長い足、気怠げな色気を匂わせる、口角を上げるだけの微笑み。高かった声も低くなって、変わらなかった身長は頭一つ分高くなっていた。
 離れていたのは中学三年の時から高校三年までの四年だけ、なのに。時がこんなに人を変えるなんて、欠片も思いはしなかった。
 それでも、中身の要は要のままだと思ってたのに。素直で優しくて、たまに泣き虫な、昔の要のままだと。
 
なのに。
『おい、果菜。経営論のレポート貸せ』
 
いっちいち態度も言葉も偉そうだし!!あたしの言葉に対しても冷たい反応ばっかりだし、さっきみたいに約束をドタキャンされるのも少なくない。
 それでも、要を誘うのは。その理由は――。

「はぁ」
 
苛立ちのまま、要の家から走るように駅まで歩いて来た。途端、さっきの要を思い出して胸がムカムカする。あたしとの約束をすっぽかしたのもムカついたんだけど、それ以上に。――首筋に点々とついた、その赤い痕に自分でも信じられない位、反応してしまった。
 要が一番変わっちゃったのは、そこだった。中学のころもモテていた要は、だけどあたし以外の女子とは全く関わろうとしなかった。だけど大学で出会った要は、来る者拒まず去る者追わずの人間になっていて。その噂は、正直あまり良いものは、無い。だけど確かに、あたしが構内で見掛ける要はいつも女の人と一緒で。そしてその相手は、一月もすれば変わって行った。
 
どうして?何でそんなに、変わっちゃったの?あたしが知らない間に、何があったの?
 
そんなことを聞いても、要は答えてくれない。ただ意味深に微笑んで、はぐらかされるだけだ。
 知ってる癖に、あたしの気持ち。あんたに焦がれて止まないあたしを知ってるのに、来る者拒まずのはずのあんたなのに。あたしだけを受け入れない理由は、何なのよ。
 告白しようとしたことは、ある。三年生になったこの春まで、何度も決意した。だけどそれをことごとく察知して、他の女の人とイチャついてるのを見せ付けたり、電話やメールをシカトされたり。なら諦めれば?って、自分でもそう思う。
 だけど、あたしは。小さい頃から側にいた要が、大好きだから。
 悪戯が成功した時みたいな無邪気な笑顔や、柔らかくあたしに呼び掛けていたその声が、今でも簡単に蘇るから。
 そりゃ、今の要に昔を感じさせる部分はほとんど無い。それでも、今の要を知って、あたしは更に彼に焦がれている自分を知っている。時たま見せてくれる甘やかな微笑も、大きな手も、その傍若無人な態度ですらも。あたしはそれが要であれば、受け入れたくなってしまうんだ。

「ストーカー、みたい……」
 
だから要は、あたしを拒絶するんだろうか。自分に盲目的な女なんか嫌だと、気持ち悪いと、手を払いのけるんだろうか。

 結局、見たかった映画は要のせいで気持ちがすっかり萎えてしまい。仕方なく、駅前をブラブラ歩くことにした。あたしの住んでる駅前と違って、要の住んでるここは大分発展している。少し歩けば大きな公園で桜も見れるし、何よりおしゃれなお店が立ち並ぶ、ショッピングモールがある。今日着てるこの服も、ここで買った。普段はTシャツにGパンのあたしが、要と会う時だけスカートを履いているのに、アイツは気付いてるんだろうか。そのまま、ムカムカした気持ちを引き摺って衝動買いを繰り返す。ふと気付いた時には、バイト代はほとんど消えていて、両手にはたくさんの荷物があった。
 ……しまった。春物が可愛いからって、買い過ぎたー。
 かなりの重圧に耐え切れなくなりそうな自分を宥めながら、携帯を取り出す。時間はすでに、午後六時に差し掛かろうとしていた。要の家に行ったのは十二時過ぎだったんだから、あたしは五時間近く買い物してた計算になる。我ながら、キレた時の行動が馬鹿馬鹿しい、とため息を吐きながら、両腕にズッシリかかる重さをどうしようか悩んだ。
 あー、どうしよ。お母さんに車出してもらおうかなー……。
 
悶々とそんなことを考えていると、手に、振動。携帯が着信を知らせていた。
 とりあえず、近くにあったベンチに荷物を積んで、相手を確かめもせずにあたしは電話を取った。
「もしもし?」
『……出んの、遅ぇんだけど』
 
――は?
 偉そうな口振りに反応する前に、一瞬、思考回路が固まる。
 ちょ、ちょっと、ちょっと?
 恐る恐る、一旦電話を耳元から外して、画面を見た。そこに表示される名前に、絶句する。
『要』
 
なんで要がーーー!?
『い、おい果菜っ』
「うぇ、え、ごめんっ。何?」
『何じゃねぇだろ。何聞いてんだお前』
「そ、そこまで言わなくても良いでしょー!?」
 
初めて、じゃないだろうか。要から、電話が掛かって来るの。昼飯買って来いだの、明日起こしに来いだの。そんな命令口調のメールにあたしがキレて電話を掛けて、それを要が受け流すように怠そうに電話に出るのが、常だった。
 何で!?なのに何でいきなり、要から電話が来るのよっ!!
『ったく、お前相手するとマジで疲れる』
「なっ、要あんた何様よ!!」
『だからうっせーっつの。とりあえず、俺んち来い』
「…………はい?」
『何度も言わせんな』
 
え、何。意味分かんないんだけど。何様だよ、けど家?何で?朝っていうか昼に行ったばっかじゃない?忘れ物した訳ないだろうし、何か用事があるならメールで済む、わざわざ呼び出すのは、どうして?
『お前、今どこだ?』
「か、要んちの駅のとこだけど」
『じゃあ、十分以内に来いよ。早くしろ』
 
そのまま、唐突にプツリと切られた電話。あたしはと言えば、切れた電話をしばらく見つめて惚けてしまった。嬉しさとか、他にも色んな感情が胸中を占める。それは一言じゃとても言えない、複雑な気持ちだった。
 だけど何度か要の言葉を反芻し、ハッとして荷物を持ち、走り出す。
 あんな言い方で、あんな横暴な態度で、怒ってもいいはずの、あたしが。こんなに必死に走って要のとこへ向かうのは、結局どんな用事だろうとアイツの希望に応えたいし、側にいたいと思うからだ。
 最初に好きになったのは、昔の要でも。今の要も、あたしに狂おしい程の甘く切ない気持ちをもたらす。それはむしろ、男性になった今の要の方が、強くなっていて。




ねぇ、好きなんだよ、こんなにも。
せめて伝えるだけでも、許してよ。
この気持ちが溢れて、零れて、そうなっても。きっとあんたは、知らない振りをして笑うんだろうね。


  

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