5.No win,No give up!!(2)


「え、青竹先輩の弟なの?」
「はい。青竹悠って言います。兄貴が去年まで世話になりました」

 三年のマネージャーと笑って話してる姿は、どっからどう見ても青竹先輩だ。不意に先輩は、柳を振り返る。
「ね、瑞希。青竹先輩そっくりだよね」
「っ、」
 柳はテーピングの手を止め、曖昧な笑顔で振り返った。青竹……は、ゆっくり柳に視線を移して、微笑んだ。まるで、柳を知っているかのように。
 ……知って、いる?柳が週末何かあったとは思ったけど、まさか、こいつと……?
 思わず青竹を睨む。けれどそれを意にも介さないように、奴は柳を見て笑った。

「こんにちは」
「っ、こんにち、は……」
「声もそっくり。すごい、こんな似てる兄弟いるんだ」
「あ、あはははは……」
 邪気無く笑う先輩に、柳は渇いた笑いを浮かべる。青竹が、再び柳に笑いかける。ビクリと肩を竦ませる柳にため息を吐き、軽く頭を叩いた。
「っ、?」
「ほら、手止まってる。早くしろよ」
 これ、と顎でテーピングを示すと目を大きく開き、やがてゆるゆると儚く笑った。安心しきったその笑みに苦笑を零す。ったく、本当に手がかかる奴。でも、こいつにかけられる迷惑は、嫌じゃない。
 ちらりと顔を上げて、こちらを見つめる強い視線――青竹に、鼻で笑ってみせた。

「山元、今平気?」
「ん?あぁ」
 今日も部活が終わり、若干ダラダラしつつ水を飲みに外へ出たら、柳に声をかけられた。探してくれたのか、少し息が切れてる。あの日、柳にキスしようとふざけた日から、俺とここでは二人きりになろうとはしなかったのに。わざわざここで声をかけたってことは、余り人に聞かれたくないのだろう。真剣な面持ちの彼女を見ていると、これから聞くはずの話に気が重くなる。だけど頼んだのは俺だから。決断してくれた柳に、感謝は告げても文句は言えない。
 水が出っ放しの蛇口を止め、水道場の台に腰掛ける。街灯に照らされた彼女は、泣きそうだった。ただ俺はそのことに触れることは出来ず、黙って柳の話を聞く姿勢を保つ。しばらく考え込んでいた彼女は、顔を上げ俺を見つめた。
「あのね、この間の週末、ね、……多分、私青竹くんに会った、の」
「……ん」
 予想通りの内容に頷いてみせる。柳は震える手首を握り締め、傘を渡されたこと、思わず泣いてしまったこと等を順を追って話された。
「……本当にごめん。山元のこと考えるとか言いながら、自分のこと……青竹先輩のことばっかで」
「……別に、俺のことはいい」
「でもね?でも、私……」
「あー、いたいたぁ柳せんぱーい」
 不意に飛び込んだ声に二人して振り向く。男子にしては高い声で手を振ったそいつは、まるでタイミングを計ったようにピッタリで。体育館の入口からゆっくり、――青竹は出て来た。俺の姿を見て、ますます笑みを深めながら。
「……あれ?すみません山元先輩もいたんですね。話中にごめんなさい」
 近くまで寄って来た青竹は、ニッコリ笑ってそう言った。……よく言うよ。内心ひっそりと毒づく。確実にこいつは、『敵』だ。こいつにとっての俺も、敵であるように。
「……つーか、何で俺の名前知ってんの」
「え?何言ってんですか。ここの高校のエースの山元先輩って言えば、誰でも知ってますよ」
 僅かに驚いたように言葉を放つ青竹。正直俺からすればどうでもいい話だ。話振ったの、俺だけど。それにこいつ自身、あんなに上手い兄貴がいるんだし下手な訳が無い。実際先輩本人から、「うちの弟は結構イケるぞ」なんて言われた。嘘も多い人だったから、弟の存在自体冗談だと思って流したが、実在するってことは嘘じゃないだろう。しばらく一年は外走だからプレイを見ることは叶わないが、正直楽しみにしてる自分がいるのも真実。……こいつの性格と、柳に対する反応を除けば。食えない笑顔で笑い続ける青竹に、柳が困ったように尋ねる。
「えと……青竹、くん?私に何か用事、あった?」
「ああ、すみませんちょっと考えてたんですけど……」
 そこで一旦言葉を切り、じっと俺達を眺める。横目で柳を見ると、頬が赤く染まってた。オイオイ。
「山元先輩と柳先輩って、付き合ってないですよね?」
「へ!?え、や、うんっ!!」
 ――今の若干ムカつくんだが。何で確定系で聞いてんだよこの野郎。しかも柳、ハッキリ否定すんなよちょっとはためらえよ。そんな心の声が出来るだけ伝わるように青竹を睨んだが、奴はその返事にふんわりと笑みを浮かべた。青竹先輩にそっくりで、だけど確実にどこか違う笑い方で、一言。

「じゃあ柳先輩、俺と付き合いましょうよ」

 ……………………。
「「はぁ!?」」 
 ニコニコ笑ったまんまの奴は、確実に本気。だってその目は、笑っていない。
 冗談じゃない。何で、ここまで近付けたのに今更こんな邪魔が入るんだ。しかも先輩と同じ顔で同じ声なんて―――っ。
 勝ち目なんて、最初からなかった勝負なんだ。だけどそれでも、挑みたくなる勝負ってあると思う。渡しなくない、大切なものがそこにあるならば。

 柳に視線を送ると予想に反して、……泣きそうな彼女がいた。ふと腰の辺りで服が引っ張られた気がする。違和感を感じ見てみれば、震える指先で俺のジャージを掴む柳の指先が見えた。一瞬、それを見つめた青竹は目を細め、困ったように苦笑した。その表情を見つめながら、柳は重たい口を開く。
「っ、あ、青竹くん、ごめん……私、」
 ――
けれど、その続きをねじ伏せるように青竹は口を開き、早口で言葉を投げ付けた。
「柳、先輩。返事は別にいつでもいいですから。今日は言いたかっただけなんで、気にしないで下さい」
「え……あ、うん……?」
「だから、どうか、俺を見て」
 とても切なげな顔で青竹が眉をひそめると、柳は曖昧に頷いた。それ以上何も言うことはせず、奴は立ち去る。去り際に、俺へと強い視線を向けながら。

「……はぁぁぁ」
「お疲れ」
 パタンと音を立て閉まる体育館の扉を眺め、大きく息を吐いてうなだれる彼女の頭を、ポンと叩く。若干涙目な柳は鼻をスンと鳴らした。その表情を見つめながら、疑問を呟く。
「なぁ」
「ん?」
「お前さ。何で、青竹の告白受けなかったの?」
 それが、不思議で仕方ない。そりゃあそこで『うん、いいよ』なんて、はにかんでこいつが言おうものなら俺は確実にこの場でキレてた。それは、断言できる。でも、あんなに青竹先輩が好きなこいつが、同じ顔の人間を即答で無くともふろうとしたのに驚いた。けれど彼女は逆に目を見開き、驚いて。怒ったみたいに頬を膨らませて、首を傾げた。
「当たり前でしょ?私が好きなのは『青竹先輩』であって『青竹くん』じゃないもん」
「……はぁ」
「一瞬、緊張したけどさ。どんなに似てても、違う人なら私は欲しくないの。替えが、利かない。青竹先輩は、私にとっての唯一だから」
 ニッコリ笑う柳に、悔しくて唇を噛む。苛立たしくて、苛立たしくて。
「……あのさ、一応俺も柳に片思い組なんだけど?」
「っ……あ、あはははは……ごめん」
 しょんぼりして下を向く彼女に、ため息を落として、肩を叩いた。
 ――苛立たしくて、仕方ない。だけど。
「いいよ。何か、そういうお前で安心した」
「む?……どういう意味?」
「惚れ直した、ってこと」
 そう言って意地悪く笑えば、彼女は真っ赤になって怒った。




――そう、どんなに似てても違う奴なら俺は欲しくない。
どんなに柳に似てても、柳じゃないなら、いらない。
お前にとっての唯一が青竹先輩なら、俺にとっての唯一は、お前だから。
諦めたりなんて、しない。
誰よりも大切で愛しいたった一人を、最初から諦めたりなんてしない。
例えそれがどんなに勝ち目のない勝負でも、俺は最後の瞬間まで、諦めないから。
お前が、この手を取る未来を。

  

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